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日記には合間合間に雪子さんという女性に教えられた力の押さえ方が記されていた。
まずあふれる情報の中から、自分で一つ、聞きたい人の声を選ぶこと。そしてそれに耳を澄ますこと。それだけが聞こえるように、集中力を高める。
そしてそれができるようになったら、今度はききたい声を決めなくても、他の音を無視できるようになること――。
そして徐々に聞き取れる範囲を拡大する。
実際できるのか――と思っていたのだが、健はできているようだ。
「あの書いてあった方法やってみたのか。」
「うん――。まあ、ちょっとずつ。」
「出来てきてるんだ?」
「雑音はまだ聞こえる。でも、気にしないようにはできてきた。と思う。」
「学校は?」
「行ってる。保健室登校になることも多いけど。」
淡々と、会話が流れていく。
僕は中々本題に入れないでいた。
そんななか、先に踏み込んだのは健のほうだった。
「それで、今日は何の用事?」
「あ…。日記、返そうと思って。」
冷静な健の声に慌てて鞄から借りていた紅緒さんの日記帳を取り出した。
「ああ…読めたんだ。」
「うん。」
日記を受け取っても、健はしばらくそれを手にしたまま、鞄にも終わず突っ立っていた。
それから顔を伏せたまま、問いかけてきた。
「…。どう、思った?高兄。」
「え?」
今まさしく、自分が聞こうかと悩んでいた問いを、そのまま投げかけられて呆ける。
「どうって――。僕は…。」
僕が、何を思ったのか…。
それは――。
「どうして、紅緒さんが自分の運命を受け入れたのか、わかった気がした、よ。」
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