第六幕

12/33

331人が本棚に入れています
本棚に追加
/270ページ
「“菖蒲は、生きながら燃やされた。  九頭竜は、爆撃に巻き込まれて死体も帰ってこなかった。”」  京太郎さんはそういっていた。その言葉に思わず息を呑んだのを覚えている。  余りに壮絶な死に方。聞かされた言葉を自らの口で再生すると、気のせいか生々しさが強まる。  九頭竜という単語を発する時、思わず雄一さんの顔をそっとうかがった。  いつも通りの無表情。でもほんの僅かに彼の眉がピクリと動いたのがわかった。  それに気がついていないのか、あえての無反応なのか、健也さんは言葉を続けた。 「では、胡蝶は?胡蝶について、何か言っていませんでしたか?」  胡蝶について――何かいっていたかな?  記憶を探るが何も引っかからない。  九頭龍と菖蒲の死に方は確かに言っていたのに、胡蝶のことは言っていなかった。  あの時はなにも感じなかったが、考えてみれば何故胡蝶について言及しなかったのか? 「いいえ――。おそらく何も。何もおっしゃっていませんでした。」  僕の答えに健也さんは頷いた。 「ええそうでしょう。だって彼にとって、胡蝶の死因は分からなかったことになっているのだから――。」 「わからないこかった、こと?」  その言い回しに首を傾げる。 「ええ。匠さんは突如消えたのです。」 「え、それじゃあ死んだかどうかも分からないんじゃ?」  健がそう言葉をはさむ。確かに。消えたってことは行方不明ってことなんだから。  しかし、健也さんはしっかりと首を横に振った。 「いいえ、亡くなっています。」  やけにはっきりとした言葉が返ってきた。  なにか根拠があるのだろうか。  健也さんは言葉を選ぶように声を濁らせ口を開く。 「彼は――匠さんは、間違いなく死んでいる。今はもう。しかし、彼は、先代哨戒士の中で唯一生き残ったものでもある。」    
/270ページ

最初のコメントを投稿しよう!

331人が本棚に入れています
本棚に追加