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夕暮れで赤く染まる日を見ながら縁側で男は茶をすする。その男の後ろから声がかかる。
「おい。」
「なんやあ。」
間延びした声で返事をする男に声をかけた女性は眉を顰めた。しかし何かを言いかけてやめるとあきらめたように溜息を一つつき
「御当主から電話。」
端的に要件だけを伝える。
男はそれを聞くとピタリと手を止めて湯呑を置いた。口角をわずかに上げてくっくと声を漏らして笑う。
「ほう。あの爺、遂に話したな。それを報告してきたわけや。」
「…いかないのか。」
女性の神妙な口調に男は今度はくすくすと笑った。
「心配か?」
女性は返事をしなかったが、それが答えだった。
いかないでと言いたい、でも言えない。そのつらさをこの沈黙でしか表せないことに、彼女はいらだっていた。
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