第七幕

23/36

331人が本棚に入れています
本棚に追加
/270ページ
「うーん。先々代の時はちょうど日本が戦争中でな、俺も東南アジアの戦線に向かっていた。激しい戦争だった。その中で俺は死んだから、死体回収は難しかっただろう。それにあの状況では――。」  そこで一旦彼は言葉を切った。歩みもわずかに遅くなるそして少し眉間に皺を寄せ、無言になった。 「あの状況では?」  たまらず先を促すと彼は短く息を一つ吐いて 「あれじゃあ俺の遺体は残らなかっただろう。爆撃も激しかったしな。ただそれだけだ。」  この話はここでお終いと言うような口調が気になった。  少し深く聞いてみようか――そう思ったところで、爽矢さんが足を止めた。 「あの砂山、知ってるよな?」  爽矢さんが指さしたのは本殿に続く小さな橋の前にある細殿前にある二つの砂山だ。 「ええ、清めの盛り塩のようなものだと昔きいたことがあります。」 「中らずと雖も遠からず、かな。 この砂の存在意義については諸説あるが、その一つに鬼門封じのためというものがある。」 「鬼門?この神社のですか?」 「違う、都のだよ。」  その言葉に思わず頭の中の地図を広げた。  鬼門とは普通北東の方角のことを指すはずだ。でも確かこの上賀茂神社は都の北側、どちらかというと北西側に位置する。  鬼門には当たらない。 「都と言っても平安京の前、長岡京だ。」  長岡――現在の京都府長岡京市と向日市。大阪と京都市の間に位置するベッドタウンだ。なるほど、正確な位置はわからないが、長岡京から見れば上賀茂は北東と言えるだろう。  長岡京は奈良の平城京から桓武天皇によって遷都された、たしかわずか十年間の幻の都だ。確か、不吉なことが続いてすぐ平安京に遷都されたはず。 「初代が姑獲鳥から都を守るために封印を施した時にはすでに長岡京から都は移っていた。 だが初代が鬼門封じの場所にこの神社を選んだのは、そういう所以もあってかもしれないな。」 「へえ。」  
/270ページ

最初のコメントを投稿しよう!

331人が本棚に入れています
本棚に追加