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「あそこの向こうの細殿の裏でやるか。
ちょうど今なら人通りも少ないし。」
爽矢さんはそう言ってその立砂の向こうにある社の裏手に向かった。
爽矢さんの後を小走りでついていき、立砂の横を通り過ぎる。
その時だった。
突然、さっきまで聞こえていた木々が風にそよぐ音が消えた。
前を歩く爽矢さんの背中も動かなくなった
なんだ?後ろを歩く健を振り返ると、健もまた立ち止まっていた。
何もかもが静止している。自分以外すべてが。
否、違う。もう一つ、何か白いものが動いている。健の足元で小さな白い何かが動いている。
あれは――兎?
赤い目をした白兎がクンクンと健の匂いを嗅いでいる。
僕はそれをただじっと見つめることしかできない。そうしていると、兎がこちらに振り向いた。真っ赤な眼がじっとこちらを見つめる。
ただの兎じゃない。直感がそう告げていた。明らかに学校にいるような兎じゃない。その眼には確かに理性が宿っていた。
数秒の間、兎はこちらをじっと見つめ、そして少しだけ僕のほうに近寄った。そして後ろ足で立ち上がった。
次の瞬間であった。僕の頭の中に不思議な声が響いた。女のような男のような。子どものような、大人のような声。
"態々封じの儀の為に来たのか。"
――これは、一体?
恐る恐る兎に手を伸ばすと兎は一歩前に進み出た。
再び声が脳に響く。
"だがもうすでに封じは済まされた。シュは結ばれたり。"
シュ?
"帰れ、愚かなる人の子の末裔よ。目覚めの時は近い。なすべきことを成せ。"
――君は一体なんなんだ?
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