第七幕

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――あ、しまった。見られた。  そう直感した。  今度も脚はバーにかすりもしなかった。だが、そんなことよりもあの人影が気がかりだった。うちの学校は校舎と陸上競技用のトラックとの間にグラウンドがあるのでかなりの距離があるはずだ。  なのに私は確かにさっきの人影がこっちを見ていた気がした。  普通の人の視力なら、あの距離から見られても、陸上部が残って練習しているようにしか見えないだろう――。わかっているのに焦る気持ちが収まらない。  気が付いたらジャージ姿のまま、校舎に向かって走り出していた。  グラウンド用の下駄箱の前で靴を脱ぎ散らかし、靴下だけになって廊下を走る。さっき見えたのは確か3階の一番端の教室――3年1組だ。  東側階段を駆け上がる。2階まで上がったところで、北側校舎とこの校舎を結ぶ渡り廊下を渡ってくる人影が見えた。  それは無視して3階まで行くと、すでに目的の教室の電機は消えていた。  胸の動悸が激しい。でもこれは駆け上がってきたからだけじゃない。  ゆっくりと教室に入って電気をつける。誰もいない。  ここは進学クラスの教室だから、体育科の教室よりもきれいに整頓されている。人が隠れる場所はない。  あるとすれば黒板前の教卓の中。――いない。  掃除用具箱――いない。  さっき電気がついていたのは間違いなくこの教室だった。とすれば私がここに来る前にあの人はここを出たことになる。  この教室から下駄箱まではさっき上がってきた東側階段か、もっと西側にある中央階段かしかない。この教室から中央階段を使うと下駄箱までの距離が少しだけ長くなるので普通、東階段を使う。  なのにすれ違わなかった。誰にも。  考えられる可能性は――私の思いつく限り3つ。  私が来る前にさっさと帰った。  東側階段で2階まで降りて、渡り廊下で北校舎に行った。  中央階段を使った。
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