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電気を消してまた暗い廊下を走る。いくつか3年生の教室を通り過ぎて中央階段まできた。この先にあるのは理科室だけだ。人影はない。中央階段を下る。すると屋内履きのスリッパが踵を打つ「パチンパチン」という独特な音がしたから響いてきた。
誰かが上がってきた。
急ごう。そう思ったら、驚くほど軽やかに足が進んだ。
踊り場を回り二階に降り立つと
「うわ!びっくり!」
見知った顔が心底驚いた顔でそこにいた。奈々子だ。
「奈々子…。」
「ええ、なになに早苗。驚かせんといてえ。」
「ごめん…。」
奈々子はなにかファイルのようなものを持っている。おそらく所属している委員会のミーティング帰りだろう。
「てかあんたなんなん?その恰好。着替えてへんやん。」
「うん…。」
「あと、上履きは?」
「うん…忘れてた。あの、奈々子。」
「ん?」
「ここに来るまでにだれかとすれ違った?上からりて来た人とか。」
「んー?なんで?」
奈々子は怪訝な表情で聞き返す。
だが少し切羽詰まった表情の私に気おされたのか、いつものように深く突っ込むことはせず、
「そうやね、キョウ君をみたよ。さっきまで1階の廊下で委員会の他の子とくっちゃべってたんだけど、その時に。運動場側の下駄箱を物陰からじっと見てた。」
「キョウ?」
奈々子の口から何回か聞いた名前だ。彼女のお気に入り、進学クラスに在籍する、大人っぽい男の子。
記憶をたどり、綺麗な切れ長の目を持った高身長の少年の姿を思い浮かべた。
運動場側の下駄箱を見てたってことはもしかして私が校舎に戻ってくる様子を見ていたのだろうか?そうだとすれば、さっきの人影はそのキョウ君?
考え込む私の様子に、自分の話を忘れられたと思ったのだろう。奈々子は頬を膨らませ拗ねた表情を作る。
「もう!何度もいってるじゃん!進学クラスのキョウ君!神薙桔梗君!」
「神薙…桔梗?」
神薙?桔梗?
何か、大切なピースがかちりとハマる音がした。
ドクンドクンと心臓がさっきと比べ物にならないくらい、早鐘を打つ。
あの少年が、神薙家の人――。その人が、私を見てた?
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