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耳を澄ます。遠い海の向こうまで聞こえるように。
人の営み。
あいつの鼓動。
奴らの息遣い。
そしてあの人の声。
それらすべてを聞き逃さないように。
「シノ。」
後ろから名を呼ばれる。
振り返るとそこには兄貴分の仮面のような顔。
見た目は自分よりも幾分か幼いが、彼は私よりもずっと長き間、この世界を見てきたのだ。
そしてわれらが母なる主も。
声を掛けてきた男は黙って自分の隣に並んだ。そして目を瞑り集中する。
「なるほど。あちらはもうほとんど準備万端といったところか。」
「ええ、そのようですね。われらが主はもう少し時間を要すでしょうな。」
思わず苦笑が漏れる。それをみて、いつもほとんど動かない彼の表情筋がわずかに眉根にしわを寄せた。
「――すまない。シノ。」
「何を謝るのです?これは私が選んだ道。貴方が苦しむことはないのです。」
全く。百年以上前のことを未だにこんなに引きずるとは。彼は顔に似合わず気が優しい。
「私は、私の最愛のためにここにある――。ただそれだけです。」
私はただただ生きていく。あの人にもう一度、会うためだけに。
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