第八幕

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 僕らが顔を見合わせていると、先程の老人がどこかに視線を送る。 「おい、しづ。桔梗って聞いたことある名前やで。」  声を掛けられたのは志鶴さんだった。だが志鶴さんはすぐ横にすわる師範代の貴司さんに声をかけた。 「お前が世話したあれか?」 「ええ。」  二人のやりとりに爺様が口を出す。 「もしかして13年前のあれか?」 「そうです。あの桔梗やと思います。確かにあの子は聡いけどーー。菖蒲様とはちょっとちゃうと思いますよ?」  私もそこまで菖蒲様と親しくしていた訳ではありませんがと言葉尻を濁して貴司さんは首を捻った。  なんだ?皆、桔梗さんのことを知っているのか?そんなに有名な人なのか?爺様も何か思い出したような表情だし。  説明を求めて、思わず爽矢さんを見やると、彼の方は僕らと同じように状況が理解できず戸惑った顔だ。 「悪いが状況が掴めんのだが。」 「ああ、すまんな。儂の記憶に間違いなければ、13年前程に戸籍の問題でちょっと話題になった子やな?」  爺様が貴司さんに尋ねると彼は首を縦に振って肯定した。 「そうです。当時の神薙家の当主が亡くのうて、その家の離れから見つかった子ーー。それが2歳やった桔梗でした。何処の女に産ませたのか、そらもう綺麗な顔をしとりましたが、明らかに欠栄養状態で。 ただ自分の父が神薙の当主やということと名前ははっきりと伝えてきてーー。 あん時はもう大混乱でしたわ。 当然出生届も出されてへんから、弁護士に頼んでなんとか戸籍とったんやけど。何分両親が誰かはっきりせえへんもんやから苦労してね。」  結局、神薙当主の身の回りの世話をしていた女中が当主から子ども用の衣服などを揃えるよう、数年前から命じられていたことを告白したことで亡くなった男の隠し子だったと決着したのだと。  当時はDNA鑑定も一般的でなく、血液型とその証言だけで判断がされたようだが、やはり当時はかなりもめたようで、未だに「実子ではないのでは?」という憶測が囁かれているようだ。 「つまり、菖蒲かどうか以前に御剣家や神薙の血を引いていない可能性もあるってことか?」  年配の幹部が数名、眉根を寄せて不快そうな顔をする。
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