第八幕

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 当主である爺様に返された言葉に春子さんは言葉を詰まらせた。爽矢さんもしきりに頷く。 「俺たち哨戒士が活動できない期間、つまりあいつらの親玉が休眠している時にも手下が勝手に動けたなら、人間はとうの昔に滅ぼされてるはずだ。やはり主人の休眠時は、衛士の御子は動けないんだろう。」 「哨戒士様がそう言うならば、そうですやろな。」  鼻白んだ様子で、春子さんは嫌味っぽく言い放った。  言い合いに完全に置いてけぼりを食らった僕ら3人はお互い顔を見合わせることしかできない。  そんな僕らの様子に気がついた爽矢さんは「後で説明するから」と言いその場を収めてしまった。  そのあといくつかの確認事項を共有して、幹部会はお開きになった。僕と3人の哨戒士、そして爺様は最初に退出し、また離れに戻ろうと廊下を歩いていた。すると後ろから声がかけられた。  振り返ればそこには先程、菖蒲のことで口を出した老人が立っていた。T字杖をついてはいるが背筋はシャンとして部屋の中で見るよりも一層厳格な雰囲気を出している。 「修二郎。ちょお待て。」  当主である爺様を呼び捨てにしたーー。驚いて爺様を見ると苦笑を浮かべて老人に近寄る。 「いやはや。お久しゅう御座います。今回、参加されるて聞いてえらい驚きましたわ。」 「今代の哨戒士さんらが来る聞いてな。それにしてもお前、もちっとビシッというたれや。」  渋顔で爺様に苦言を呈する老人に僕はうろたえた。当主である爺様に、こんな調子で話しかけてくる人はあまり見ない。  爺様は困ったような笑みを返した。 「えらいすんません。まあ本音を隠されると判断がむつかしいんで、普段あんまりみんなの討論に口出さへんようにしとったんです。」 「自由に発言ができるんはええことやけど、それと上の命令に口出しするんは別やろ。ちゃんと統率取れ。」 「いやまあ。はは。」  苦笑まじりにそう返す爺様に溜息をついて、老人は僕に視線の先を変えた。思わず背筋が伸びる。 「新しい高天殿。突然で失礼。儂は先々代の頃に哨戒士の方々に世話になった、忠清いうもんです。」  少し大阪弁に近いイントネーションでそう話す忠清さん。言葉は柔らかいものの、その目は鋭くさすように僕に向けられている。  気圧され、思わず唾を飲む。 「よ、よろしくお願いします。」 「こちらこそ。」 「忠清さんは先々代の菖蒲様に剣術と暗器術を、そして九頭龍様に体術を教わった方。戦争で脚を悪くされた後も参謀としてしばらく幹部職についてはった。もう隠居されてはったんやけどな。」  爺様がそう説明してくれる。なるほどそれで杖をついているのか。  忠清さんは爺様に食えない笑みを向けて軽くその肩を叩いた。 「随分な紹介やないか。儂はそないな偉もんとちゃうわ。ただのジジイや。ジジイ。買い被ってくれるな。なあ?九頭龍殿。」  悪戯っ子のような軽口で忠清さんは爽矢さんに声をかける。爽矢さんは渋い顔をしていた。 「ふん。俺が体術教えた頃は細っこいガキだったな。」
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