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当時の状況を思い出したのか、爽矢さんは地団太を踏むように右足で地面を何度も踏んだ。
「ああ!むかつく!」
「その上、“あなたの代わりに私が弟子を育ててやろうか”と。しかも実際、教えるんがかなり上手くてな。その件があってから、菖蒲様の道場に入りたいってやつが一気に増えたんや。なあ?」
忠清さんは懐かしむように目を細めた。その目がとても爺様より高齢の人には見えない輝きを放っていたので、僕は不躾にもじっとその目を追いかけてしまった。
「なあって言われてもなあ。儂はそん時はまだ小さかったから、何の喧嘩しとるんかもわからへんかった。」
そう言いながら爽矢さんを”どうどう”となだめる爺様。そういえば、爺様の師匠は誰なんだろう?時々話題に出ていたけれどはっきり聞いたことはない。
「爺様も爽矢さん――先々代の九頭龍の弟子だったんですか。」
僕が気になって尋ねると、爺様は首を横に振った。
「こいつは数少ない、菖蒲の直弟子だよ。」
「ああ、儂は菖蒲様のところでしか修行してへん。修行言うても基礎の基礎やな。途中であの方は出征してしもうたし。」
「出征って…。菖蒲って女の人だったんでしょう?」
健が口を挟む。
先々代の頃は第二次世界大戦ーー。その時分は女が兵士になるなんて、少なくとも日本では考えられなかった時代だろう。健の疑問はもっともだ。
すると忠清さんは少し言いにくそうに声を潜めて
「ああ。あの方は高天の代わりに戦争に行ったんや。」
「忠清さん。」
諌めるように少しきつい口調で爺様が忠清さんを制止する。
「何を止める?このボンは高天や。ならこの家の歴史を知る義務があるんちゃうか?」
「それはそうやけど。」
渋る爺様。僕も忠清さんに同調する。
「爺様、僕知りたいです。過去に何があって今の御剣家があるのか、僕が知るべきことでしょう?」
爺様が助けを求めるように困った顔で爽矢さんを見た。爽矢さんは肩をすくめて、
「いいんじゃねえの。潮時だろ。それにお前の教育の賜物か、こいつは結構肝が据わってるぞ。少なくとも前のやつよりは。」
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