第八幕

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 爺様の話を、今度はちゃんと集中して聞ける。 「菖蒲様は元々は教育熱心な方やなかったようや。部下は選ぶし、教えることは護身術のみ。まあそれだけでも姑獲鳥から逃げるには十分やったらしいわ。 菖蒲様は哨戒士以外の人間が前線に出るんをえらく嫌がっとった。 弱い人間が勝てるはずがないんやから、武術をどんなに覚えたかて足手まといにしかならへんてな。 それでも、御剣家の方針に従い、菖蒲様は弟子を取り、育て、自立させたんや。 しかし上が頼りにならんと思うとそれまでよりも熱心に指導するようになったーー。 まあこれは兄弟子らの言うとったことやけどな。 そして九頭龍の道場とのことがあって、教え子もかなり増えた。まあ、ほんまの弟子として道場に通うもんは少なかったが。 菖蒲様の教えは、人によってはかなりの反発を生む。続かへんやつも多かったんや。 最初に“私が教えるのは逃げる術だ。格好良く敵を倒したいものは去れ”と言い放ち、実際教えることも足の速い菖蒲様から逃げる鬼ごっこや、技の受け流し方。それに耐えれば剣術体術を教わることができる。 そしていざ剣術を教えるとなるとそれはそれは厳しいてな。 基本の型を完全に覚えさせられた上に、菖蒲様と手合わせするんや。やけど菖蒲様は型をかなり崩した技で襲いかかる。いかにその攻撃をかわし、自分の型を使える状況にするか考えさせられる。しかも下手な手を打てばなぜ悪手を取ったのだと徹底的に分析させられ、それが終わるまでは稽古をつけてもらえへん。」  爽矢さんはため息をついて、そんなこともあったなと独り言ちた。 「菖蒲の本当の弟子、菖蒲の生活に入り込むことを許された直弟子はさらに厳しくされててな。武術以外に英語、中国語を覚えさせられ、そこらへんに生えてる草花から薬草作ったりもしてたな。」 「ああ、そうやな。比叡山ぶち込まれて二週間ここから出ずに生き残れ言われたり。儂はまだ十にもいっとらんかったから5日間だけやったけど。」  懐かしそうに頬を緩める爺様。僕とすればそのエピソードとこの写真の女性が重ならない。 「比叡山ってそんな険しい山じゃねえだろ。」 「登るだけならそうやな。やけど登山道は使うな。飲み物以外は持っていくな。人に見られるな。って指示がつけばめっちゃ難しいで。」  爽矢さんと爺様が談笑する間も僕は5人の写った写真を見つめた。  怜悧な眼差しとその細い体躯から、武術に秀でているとはとても思えない。  
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