第八幕

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「儂は言われた日数無事に入り抜けたが、下山すると既に儂より年長の者が修行に耐えられへんでおりとったわ。 菖蒲様もまさか儂が切り抜ける思うてなかったんか驚いどったが。 そして同時期に、姑獲鳥は人間に混じって大規模な戦争を起こしよった。 第二次世界大戦や。 道場の奴らにも赤紙が来てな。戦地に赴き、何人かは帰ってこんかった。 菖蒲様は自分の息のかかったもんを軍部に入れて軍の動向探ったりしとったんやが、姑獲鳥はアメリカにもドイツにも入り込んでな。完全に動きが読めんくなってしもうて。 菖蒲様を、当時の高天は責めた。“お前のせいだ”と、そして無茶な命令を下すことが増えた。高天の命には逆らえへんから、菖蒲様は益々思い通りに行動できひんくなった。 そんなある日や、高天のところにも赤紙が来た。 あの時、あの傲慢が服を着て歩いとるようなあの男は驚くほど怯えとった。そして、他の御剣家の男を自分の身代わりにしようとしたーー。 その態度に菖蒲様がついに切れ、高天の首を絞めて、口をきけなくして、こう言ったんや。 “お前の望みは私が叶える。代わりに戦場に行ってやる。 お前は歴代最悪の高天だった。だが力だけは本物。最後くらい仕事をしろ。お前の力を今こそ役立たせろ。” 高天は“別に高天に生まれたくて生まれたわけじゃないのにこの地位に祭り上げられた。酷い”と泣き出した。 菖蒲様はまるでゴミクズを見る目で高天に一瞥をくれて“知っておろう、これは呪いだ”と言い放った。さらに何事かを高天にいっとったが、忘れてしもうたな。 そして約束通り菖蒲様は高天の代わりになった。 その目の力で軍や周りの人間を欺き、女ながらに徴兵され、戦死した。遺体は帰ってこんかった。」  爺様は淡々とそう語った。無意識にだろうか、懐から懐中時計を取り出しその表面を撫でる。ただただ撫でる。 後の言葉を爽矢さんが引き受ける。 「菖蒲が軍部との繋がりを持たせるためにと行かせた東京の大学での人脈を使い、高天は後方部隊配属になった。 菖蒲は、菖蒲のかつての弟子が軍で出世していたこともあり、事務員として男の名前で軍に入った。高天本人の身体検査が終わった段階で二人は入れ替わった。 菖蒲と高天の力があったからできた技だな。 そして高天は奇跡的にも瑠璃姫と出会い、彼女を封印した。 姑獲鳥は休眠と活動期を一定間隔で繰り返す。瑠璃姫の休眠期にはあと1、2年かかる予定だったが、高天の言霊の力で強制休眠がてきたため、そこから戦争における姑獲鳥の介入は徐々になくなっていった。 そのかわり、窮鼠猫を噛むというのか、最後の最後にあいつらは東南アジアで大暴れしてな、俺も戦場で殺された。 翔子も東京で死んだ。大空襲に巻き込まれたことになってるが、おそらく殺されたんだろう。克好ーー先々代の菊端の名前だがーーも沖縄戦で死んだ。生還した弟子の話だと遺体はアメリカ兵に紛れ込んだ姑獲鳥に食われたと。」  先々代の頃の話に僕は思わず息をのんだ。なぜって爺様の話に出てきた「知っておろう。これは呪いだ」。その文言は頭の中に響いてきたあの声の言ったセリフだ。  もしかして、高天の記憶だろうか。そんなことがあるのか?妙に緊張して心臓が早鐘を打つ。
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