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先代ーー紅緒さんの頃のことか。彼女の残した日記は何が当時あったのかを細かくは書いてなかった。
「先代の頃の哨戒士はどんな人だったんですか?」
僕の問いかけに、爺様はまた1枚の写真を寄越して答えた。そこには4人の男女が、さっきの写真と同じように和装で並んでいる。
右端にはさっきと同じように顔の下半分を布で隠した女性がいるが、さっきの人と違って背は高く、目も大きい。
その横にはあどけなく微笑む少女、そして男性2名が腕を組んで立っている。一人は快活に笑い、もう一人は口を真一文字にして腕を組んでいる。
「この顔隠しとるんは菖蒲様。横で笑うとるんが菊端ーー紅緒殿。この笑うてる方の男は先代九頭龍、つまり雄一の実父や。横は胡蝶であった、神薙匠。瀬奈はん、あんたの親父の従兄弟で師匠でもあるんやなかったかな?」
「確か、そのように聞きおよんどります。」
先代九頭龍ーーなるほど確かに雄一さんに顔立ちはよく似てる。目元や眉毛、鼻の形がそっくりだ。ただ顔つきがあまりに違うので、言われなければ気がつけなかった。
厳しい表情を崩さない雄一さんと違って、写真に写るこの男性は明朗快活という言葉がよく似合う。
対して、横に立つ男性は厳しい表情で、少し怖い。だがその一方で強い意志が瞳に宿っていた。
右から2番目の女性の方は、可愛らしい雰囲気で、今時の若い子といった感じだ。くりっとした目に長い睫毛。髪もゆるくパーマをあてたのか、綺麗に整えられている。
右端の女性は、先ほどの写真の菖蒲と同じ格好をしていることから菖蒲だろうと推測できる。
さっきと同じで表情が読みにくい。左右の目の色もやはり違うように見える。
そして視線は少し下に下がっている。憂いを帯びたその面差しがとても綺麗だ。
儚げで、つい視線がそちらに移る。
「この人、先代の菖蒲ですよね?」
そう爺様に問うと、指差した女性を目を細めて見て、
「うん?ああ、そやな。雪子はんやな。」
「雪子…?」
「この時の菖蒲様の字やな。儂は直接会う事叶わんかったが…。
話を聞く限りでは、不在となった高天の代わりにリーダーシップを発揮して、他の哨戒士まとめてはったみたいやけど。紅緒殿は菖蒲様にようなついとったみたいでな。」
たしかに、菖蒲ーー雪子さんにピタリとくっついて微笑む、まだあどけなさの残る少女のその仕草は隣に立つ女性への親愛の情を表している。
懐いている、と言われれば納得だ。
「先代は、比較的人格者が揃うたと、儂は思うてる。
九頭龍は強靭な精神で修行を重ねて、姑獲鳥がおると思われるところに入って行く人やった。胡蝶殿は弟子の育成に秀でとった。菊端ーー紅緒殿は、体力はなかったが、頭を使うて戦場に貢献した。
学生運動に乗じてこの国を混乱させようとした姑獲鳥を排除するために、紅緒殿は関東に来た。
儂は当時、大学で研究者として仕事をしとってな、関東に住んどった。その関係で紅緒殿のサポートをと、上から命じられた。
紅緒殿は国外の島に姑獲鳥の始祖を休眠させて、姑獲鳥を日本から遠ざけようとした。
その結果、今日の話題に上がった東南アジア近くにある、とある島に瑠璃姫を休眠させることに成功したんや。
やけど、その時に亡くなってもうてーー。儂が遺体を回収したんや。指一本だけした難しかったがなーー。」
紅緒さんの兄の京太郎さんも、そんなことを言っていたーー。どんな風に亡くなったかはわからないと。
そして九頭龍も菖蒲も死体は帰って来なかったと。
「他の哨戒士の動きは記録でしか知らんけどな、九頭龍はヘドナム戦線に紛れ込む姑獲鳥の調査をしに行き、その先で亡くなった。
菖蒲はアメリカに姑獲鳥が入り込んでいると考え、そこに行って、火をつけられて死んだ。
そして胡蝶も、脚をもがれ、数年の後病に倒れた。
先代は、その前の代の反省に立ち、他国からの影響による日本国内の動揺を積極的に抑える手段を講じたんや。
その結果、殉職した御剣家の人数は劇的に少のうなった。前の代は戦争に出征したやつらも含めてかなりの人数が犠牲になってもうたからなーー。」
爺様の言葉が重く響く。今まで、いったいどれだけの人々が命を散らしてきたのだろうか。何故そうまでして、この御剣家は姑獲鳥と関わっているのだろう。
「…みんなどうして、そんなに命を犠牲にしてまで、御剣家のために戦うんですか?爺様も、健也さんや雄一さんも。」
爺様は肩をすくめて
「さあなあ。それは人それぞれやろう。
儂にわかるんは記録に残る、客観的事実のみ。
その間にある、当事者たちの気持ちは揣摩臆測する他ない。
儂の話をするんなら、自分だけがおめおめと生き残っとることが許せへん、いうんはあるやろな。
師に武術を教わりながらも、儂はほとんど何もしてへん。
それどころか、初めて姑獲鳥を見たんもほんの数十年前や。
多くのものを犠牲にし、儂は生き残った。
その報いはうけなあかん。骨を粉にしてでも。
健也や雄一はまた別の理由があるやろうけど、忠清はんは儂と似たような理由やろ。
皆それぞれ、信念を立て戦こうとる。それだけは相違ないやろーー。」
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