第八幕

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ーーーーーー ーー  男は古いアルバムを捲り、懐古の情に浸っていた。そこにはかつて自分に生き残る術を教え、そして自分の前で灰になって消えた女性が写っている。   ーー私の遺体は捨て置け。いいな?  そう言って、犠牲になったあの女性は結局人間の手にかかって死んだ。自分たちと敵対する化け物ではなく、守った人間によって。その遺体は一部は敵の手に落ち、残りは人間に踏みつけられた。  そう仕向けたのは姑獲鳥(うぶめ)であったが、男は自分の気持ちに折り合いをつけることができなかった。故に今も人間という生き物が嫌いだ。愚かで醜いーー。そのくせ自分たちを崇高な存在だと思っている。肌が白いから偉い、目が青いから偉い、貴族の家系だから、家が金持ちだから。  くだらない。そのくだらない争いは今も続く。偉ぶるものは時代によって変わっても結局中身は変わらない。そうして外面だけを変えて中身は腐敗していくのみ。  そうして遁世していた自分を再び叱りつける者が13年前に現れた。  ふうっと息を吐く。 すると声をかけられ名前を呼ばれた。自分を俗世に引き戻した人物がそこに立っていた。  どうかしたのかと聞くと“彼女”は数歩こちらに近づき、男の手にある古いアルバムに視線をやった。そして自分が男の回顧の時間を邪魔したと気がつき謝罪した。  見ますか?と差し出すが、首を振り断る。 「そうですかーー。」  そんなことよりと、“彼女”はその手に持つ紙をハタハタと振ってみせた。 「ああ。」 「すまんな。世話をかけた。」 「いいえ。あなたの勘はよく当たりますから、寧ろお願いしたいくらいです。」 「外れて欲しい勘も当たるがなーー。」 「そうでしたね…。あの時もそうでした。きっとこれで最後になると、貴女は言い、そしてその通りに。」  あの日のことを、一体何度悔いただろう。何度自分を責めただろう。  そんな男を軽く小突いて、 「(たもと)、悔いるな。あれは私が決めたことだ。」 「そうかもしれないーー。ですがね、それでもやはり口惜しいんです。自分の無力さが。」 「それはお主が人である証。大切しろ。」  その言葉の後に続くであろう“私とは違って”という台詞を思い浮かべながら、男はアルバムに綴じられたかつての戦友たちの写真をそっとなぞった。
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