幕間 壱

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 その日から、胡蝶様のいう通り菖蒲様の跡をついて回り、その動きを見続けた。師匠が他の弟子に稽古をつけるときは師匠の動きをよく見た。足の細かな踏み方、ちょっとした癖。全てを必死に見続けた。  そうして少しずつ師匠に認められていった。あの方は儂を特別扱いはしなかったが、それでも褒めたりしてくれるのは嬉しかった。  高天様がある日道場にやってきて、儂が間違ってぶつかって怒らせてしもうたときも、師匠は庇うてくれはった。  その事件をきっかけに、儂は哨戒士というものについて知ることになった。生まれ変わり続ける最強の兵士ーー。その為、影で化け物とも言われるあの方達は皆儂に優しゅうて、儂にはピントはこなんだ。  もちろん師匠も優しかった。  あの方は優しい方や。他のもんには誤解されがちやが間違い無くお優しい。  戦争が始まり、弟子の父が戦死したときにはその弟子に敢えて暇を出してはったし、年長のものが徴兵される可能性を見越して、戦場で生きるための訓練もした。  巌はんーー当時の九頭龍の道場が内部で揉めた時も結局師匠がその門下生を一時的に引き取って面倒を見とった。  徐々に戦争の余波がこの家を襲っていた。  そしてある時、その日は来た。  その日は夜遅うまで師匠は帰って来なんだ。出かけるときに「哨戒士会合だ」と言ってはった。  戻ると腹心の部下だけを集めて何やら話をしとった。  師匠が再び出ていった後もその話し合いは続いた。儂はひっそりとその話を盗み聞きしに行った。  セツさんの声が聞こえた。 「あのお方がお決めになられたこと故、もうどうしようもないことだ。」 「せやけど無茶や。」 「それに御当主は何故そのような…。何か考えあってのことなんやろうか…。」 「あの高天様にそんなんあるわけないわ。びびったんやろ。」 「無茶としか言いようがないで。女の菖蒲様が力使うて他のもんの目を誤魔化して戦争にいくなんて!」  その言葉が耳に入って、儂は動けんくなった。  菖蒲様が戦争にいく?何故?  どうしてそうなった?  戸の前で暫くそうしていたため、戸を開けようと近づく気配に気がつくんが遅れた。  戸が開けられセツさんが儂がいることに気がついた。珍しく驚いた表情で、儂を見ていた。 「修二郎…。きいていたのか。」  他の人たちも出てきたが、逆光でよく見えない。儂は呆然としていた。 「修二郎。」 「セツさん。嘘やろ。師匠が戦争に行くて。」  震える声でそう尋ねればセツさんは儂をそっと抱きしめた。 「修二郎、菖蒲様は我らが師であると共に、この京都の地を守る要。あの方がなされた決断は全て我らのため。」  否定して欲しかった言葉はやんわりと肯定され、儂は泣いた。  ここにきて初めての涙やった。  いつもは厳しいセツさんもただ儂が泣き止むのを待ってくれはった。
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