幕間 壱

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 泣き止んだ儂は師匠に話を聞きに行くと言った。止めるセツさんを振り解き、師匠の部屋に行く。許可なく入室した儂を師匠はちらりとも振り返らず「無礼だぞ」とだけ言った。  戦争にいくと聞いたと伝えると、「そうか」とだけ返した。  本当なのかと食ってかかると本当だと返された。淡々と、ただ淡々と。  戦場に行くことは、儂にとっては死ぬことと同義やというのに。師匠は何事もないように。  儂はまた泣いた、師匠の前で泣き崩れた。師匠は暫くその様子を眺めているだけだったが、儂が嗚咽に苦しむと、そっとその背を撫でてくれた。 「修二郎、案ずるな。お主の居場所はセツに頼む。あやつはお前を気に入っている。悪いようにはせんだろう。」  そんなことはどうでもええのに。儂はただ、師匠ともっと一緒に居たいだけやのに。それがうまく伝わらへんことに苛立った。  師匠、生きて帰ってきて。そう喚いて泣いて。師匠を困らせた。  師匠は、儂の無茶な注文に決して頷かなかった守れないと分かっている約束をする人やなかったからや。  師匠が出征する前日、儂はまた師匠の部屋に行った。  お前がなんと言おうが行くと言う師匠に、儂はまた泣いてしまった。  師匠が今後の儂の身の振り方について話をした。セツさんを後継人として生活するよう取り計らったこと。武芸をまだ学ぶ気があるなら、胡蝶様が生きている間であれば胡蝶様の元を尋ねれば良いこと。  死ぬことを前提にして話されることがひどく悲しく虚しかった。  その時ふと思い出した。そうやーー菖蒲様は哨戒士。いつかは生まれ変わる。 「師匠はいつかまた、この世に生まれはるんですよね?」  まだ幼い子供の純粋な言葉に、菖蒲様は目を丸くした。  しかしすぐに鋭い光で儂を射抜いた。そして言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。 「いいか、修二郎。死したものは決して甦らん。それは哨戒士とて同じ。菖蒲の業はこの先も受け継がれるだろうが、それはお前の師ではない、別の人間。」  訳がわからんでいる儂の頭を優しく撫でる師匠。いつも厳しく、そして難しいことを言う師匠が口元の布をそっと取った。そしてその口角をゆっくりと上げ悲しげに微笑んだ。 「さらば、我が弟子よ。お前を誇りに思うぞ。あとは自由に生きよ。」    初めて見た師の笑顔があまりに悲しうて、儂はもう何も言えなんだ。喉の奥まで言葉が出かかっていたのに。  師匠。貴女にとってはただの弟子やったでしょうが、儂にとっては師匠は家族なんや。  たった1人家族と思える人なんやーー。その言葉を儂はうまく紡げなんだ。  そして師匠は、行ってしもうた。  そして一年経つかと言うときに、彼女ーー高天として行った女性の戦死が御剣家に届いた。  その後、他の哨戒士も次々身罷られたが、なんとか姑獲鳥を排除していき、京都の都は無事なまま、戦争は終結した。
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