幕間 壱

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 それから儂はセツさんの元で暮らした。戦争中に母は病院で亡くなり父も菖蒲様が亡くなった直後に首を括った。  セツさんはホンマの家族以上に儂を大事にしてくれた。食うものに困り、園部(現在の京丹後市の一部)の農村に逃げる時も連れて行ってくれはった。  そんなある日、その田舎町に復員兵がやってきた。小さな箱を手に。  その男は神戸の出身で、“高天”の部下であったと。ビルマの戦線で高天が亡くなる時まで一緒に戦地を潜り抜けたと。死にかけたが高天の機転で生き残り、日本に戻ってきたのだと。  なんとか回収した遺骨と遺品を本家に持って行ったところ、遺骨は受け取られたが遺品は要らぬと返されたので、せめて縁のある人間に渡したいと思ってここまできたと。  彼は戸の影に隠れて様子を伺う儂を見てニカリと笑い、「修二郎君かいな」と声をかけてきた。まだ名乗ってもないのに何故知っとるんかと目を丸くすれば、 「高天さんが話とったからな。頑張りすぎる子やって。最期まで心配しとったわ。高天さんの弟さんやろ?」  違う。本当の高天様と儂の血は離れとる。やから首を横に振ったんやが、男は 「はて、高天さんに“かわええ弟やね”言うたら何も否定されんかったんやが…。」  その言葉を聞いて儂は、何とも形容し難い気持ちに襲われた。  あの方は儂のことを何と思っておったんか、今となってはわからないが、それでも弟という言葉を否定しないでいてくれた師匠。最期まで儂を心配し、そのことを他の人に話したという師匠。優しい師匠。儂の誇り。儂の唯一の家族。  師匠にとって、儂が弟として映っていたならなんと嬉しいことか。何と誇らしいことか。  その男の持ってきた懐中時計は確かに菖蒲様が持っていたもので、火に当てられて酷く焦げていた。  もう時計としては使えないだろうそれをセツさんは儂にくれた。そしてセツさんが死ぬ時には菖蒲様から譲られた他のものーー道場や姑獲鳥に関する資料も、渡してくれはった。  それらのものが戦後の混乱期を生きる儂をどれだけ慰めたか。  師匠ーー。お礼を言いたい。いつか再び菖蒲様がこの世に生を受けるならそのお役に立ちたい。そう願って今まで生きてきた。  だから菖蒲様、どうか姿を見せてほしい。どうか、どうか。
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