第九幕

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 授業内容はアデレードの大学で行われたアボリジニーへの人体実験へと移る。アボリジニーが白人と同じように痛みを感じるのかという実験らしい。  ここまで来ると、講師の言っている英語の意味は半分もわからない。なんとかスクリーンに映った画像を手がかりにメモを取る。  大学で人体実験を行うなんでーー。今の僕らには想像もつかない所業だ。  アデレードはあのコンサートが開かれる場所だ。  爽矢さんが持ってきてくれた、あの桔梗さんが出るというコンサートのチラシを思い出した。アボリジニーの男の子が乗っていたあのチラシを。  こうやって差別の歴史を知ると、ああいう「人種の壁を超えよう」というイベントが酷く滑稽に思えた。  中学校で習った公民権運動やナチスドイツのユダヤ人大量虐殺ーー。色んな差別の歴史を習ってきたけど、その授業の締めくくりは大概は「過去から学んで同じ過ちを繰り返さないようにしましょう」だ。  でも繰り返さない方法は教えてくれない。自分で考えろというだけだ。    桔梗さんはどうして、あのコンサートに出るのだろう?彼が出場するコンクールの殆どはシドニーで行われる。  態々そこから遠いこの土地でコンサートに出るからには余程思い入れがあるのだろうか?  それとも他に何か目的があるのかな? ーーーーーーー ーーーー  その人がアデレードの街に着いたのは夜遅くのことであった。飛行機が遅延し予定よりも2時間遅い到着だ。  冷たい空気で息が白くなる。ゴシゴシと手をこすり、指先に熱をともしながら呟く。 「さて。如何様にしたものか。」  予定では今日はこのあとこの街全体を調査してこの街の暗部を探るつもりであった。  しかしこのような時間から動けば満足な成果を得られる前に朝になるだろう。今日のところは宿で大人しくするのが吉だ。  まっすぐ予約していた宿に向かう。街頭のオレンジ色の光がポツンポツンと静かな道を照らす。  日本のアスファルト舗装の道と異なり、ガタガタとした歩道は、キャリーケースを激しく揺らした。腕が無駄に疲れる。右肩にも大事な荷物をかけているのでそう頻繁に左右を入れ替えて持つのともできない。  時折突っ張る腕を休ませて、眠りについた街の様子を観察しながら歩く。いい街だと思う。  しかしこの街にも闇の歴史がある。  そしてその闇は今もここで巣食っているかもしれないーー。  既に3回、このように調査のために旅に出た。  まずは明日、あの大学に行かなければ。  あ奴らが作った悪夢の痕跡があるはずだ。
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