第九幕

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ーーーーーーー ーーーーーーー  修学旅行も終盤になり、アデレードの街に移動となった。最初の日は動物園に行き、オーストラリアの動物たちを見に行く。  女子たちはコアラを抱っこできないかと期待してたみたいだけれど、ここの動物園ではできないそうで、残念がる声が聞こえた。  翌日には自由行動が許された。グループに分かれて、ノーステラスを散策する。美術館か博物館のどちらかに行くことは義務付けられたが、それ以外はグループで好きなお店を見に行くことができる。まずは第一次世界大戦のメモリアルパークで行き先を話し合い、スタートする。  日本だと戦争というと太平洋戦争のほうが思い浮かぶが、こちらではどうやら違うようだ。  殆どのチームはスタート地点のすぐ横の美術館にまず入ったが、僕らはその脇の移民博物館を選んだ。  みんな芸術などわからないからこれは懸命な判断だったと思う。しかし、そこすらも入った途端に出口を目指す勢いで通り抜けていく。  途中、昨日の英語講義で習ったような、アボリジニー迫害の歴史のコーナーがあった。そこはみんなコソコソと意見を述べながら通った。  展示の中にはこちらを見るアボリジニーの写真が飾られていて、なんとも言えない居心地の悪さを僕らに与えた。  その目が僕らを暗に責めているように感じて、ぞわぞわした感覚が背中に走る。博物館の出口で待ち構えていた先生にチェックしてもらい、僕らは街に繰り出した。    古い町並みの残るアデレードの街でみんなで意見を出し合いながら次々と店に入っていった。  そんな中、亮介が「あ」と素っ頓狂な声を上げて宙を指差した。その指の先を目で追うとそこには煉瓦づくりの三角の屋根を備えた立派な建物があった。 「あれ、博物館かいな?」 「ちがうし、あれ大学や。」  確かに。Universityと書いてある。  立派なものだ。うちの高校も煉瓦造りだが、こっちのもとさのとは全然雰囲気が違う。 「あれ、あの気色悪い講義で写真出されてへんかったか?あのアボリジニーの人体実験とかの話で。」  ああそいういば、見覚えがある。そうかあの英語講義の。確かにアデレード大学と書いてある。  とてもきれいでおしゃれな大学だ。ここで人体実験があったなんて信じられないくらいに。  大学構内と歩道の間は肌の色も髪の色も様々な人たちが行き来している。中にはアジア系の学生もいた。かつての白豪主義の国も、今や他民族を受け入れる人種のサラダだ。  ふとその中で一人、背の高い(と言っても周りのヨーロッパ系やアフリカ系の人と比べれば普通くらいの)アジア系男性が目についた。黒く艷やかな髪、きちんとアイロンをかけられたらグレーのジャケット。肩にはなにか細長いハードケースがかけられている。  何故彼に目を留めたかというと、他の学生と違って一人で突っ立っているからだ。街頭に凭れて大学をじっと見つめるその姿はとても洒落ていて一枚の絵画のようだった。  後ろ姿だけでも雰囲気がある。どんなイケメンだろうとじっと見ていると、彼がこちらを振り返った。車道を挟んでいたので細かな表情こそわからなかったが。あの顔には見覚えがあった。  あれは、桔梗さんだ。写真でしか見たことはないが間違いはない。  僕があちらを見ているように、彼はこちらをじっと見つめていた。  その視線にグループの他のメンバーも気がついた。 「なあ、あのイケメンそっち見てへんか?」 「やんな。なんやろ?」
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