第九幕

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 司会の話が終わったところで指揮者が壇上に上がり指揮棒を掲げる。全員がその動きを合図に楽器を構えた。  ホルストの惑星、火星からコンサートは始まった。正直僕はあまり音楽に精通していないので、「聞いたことある」程度のものだ。曲が変わるたび配られたプログラムを目で追って曲目を確認した。  時折合間合間に曲の解説が入る。英語の得意な同級生が訳しているのを聞くと、基本的には戦争と平和とか、決断の大切さを訴える曲ばかりだ。  いかにも学生向けのコンサートだな。僕は興味を失い途中から、曲よりもステージ上の桔梗さんをただ見つめていた。  遠くからだから良くはわからないけど真剣な顔をしてヴァイオリンを奏でる彼は、同じ高校生にはとても思えない。  彼は、袂さんに僕のことをもう聞いているのだろうか?僕のことを知っているのだろうか?  知っているならどこまで知っているのか?そんなことをぼんやりと考える僕の耳を、ヴェートーベンの「英雄」が通り過ぎていく。いろんな人種の学生たちが同じ動きで曲を奏でていく。もちろんプロの楽団ほどはそろっていないが。  時間が過ぎるのも気が付かず、ただ桔梗さんの動きを見ていた。  コンサートの曲は激しさを増し、奏者の動きもそれに比例した。  クライマックスに近づいているのが分かった。指揮者も激しく腕を振る。そしてついにみんなが動きをぴたりととめた。自然に湧き上がる拍手。指揮者がこちらに頭を下げ、舞台は暗転した。  それと同時に周りの同級生たちが体をごそごそと動かしだした。 「うう。終わった。」 「まだや、あほ。休憩時間。あと半分残っとるわ。」  そうか、休憩時間だ。周りの男子たちは皆あくびをしており、先生たちにしゃんとしろと注意を受けている。  だが皆知らん顔だ。  皆が次々と出ていく。僕も友人達に誘われて外に出た。スタンドでジュースが売られている。亮介が喉が渇いたと買いに行くと、ほかの面々もそれに続いた。  僕は持ってきていたミネラルウォーターがまだあるからとその場にとどまった。  ふうと息を吐き、辺りを見渡すと、人ごみの向こうに黒髪の男性が歩いていくのが見えた。 ーー桔梗さん?  後ろ姿だから確信は持てなかったが、遠目から見た桔梗さんの雰囲気によく似た男性だ。今こそチャンスじゃないだろうか?  そう考えるより先に足が動いていた。  人ごみ掻き分け、後を追う。  だが一気に出てきた観客の量は思いのほか多く、中々前に進まない。  つい人にぶつかってこけてしまった。 「大丈夫ですか?」 「あ、はい…。」  ぶつかった相手の女性に助けられて体を起こしたときには、すでに彼の姿はどこにもなかった。  
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