第九幕

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 気のせいだったのか?あたりを見渡していると後ろから思い切り頭を小突かれた。 「痛っ!」  反射的に振り返ればジュースを買いに行っていたクラスメイトだ。 「勝手に動くなや!」 「ご、ごめん。」 「なんかあったんか?きょろきょろして。」 「う、うん。知り合いに似た人が…居たような気がして。でも違ったみたいや。」  そうこうしている内に後半の公演が始まり、僕らは席に戻された。再び並んだ奏者の中に、桔梗さんがいない。 「あれ?前半とメンバー変わってる?」 「ヴァイオリンとピアノはメンバーが多いから前半と後半で入れ替えがあるんだってよ」  僕の疑問に学級委員が答えてくれた。  なんということだ。つまり桔梗さんはいないのか?  じゃあやっぱり、さっき見たのは桔梗さんだったんだろうか?  公演が終わって帰る時だったのだろうか?  どうしよう。そうだとすればあとはもうこのオーストラリアで会える機会がほぼない。帰りの空港で会えなかったらそれでおしまいだ。  帰国してから話をするか?でもできるだろうか?桔梗さんの養父の袂さんは僕らと桔梗さんの接触を避けようとしている節があると思う。帰国した後も何のかんのと理由をつけて会うのを避けられる気がする。  仕方ない。今日の夜、抜け出して国際電話をかけよう。  そう決意を固めた僕を見つめる中年の男性が一人、向かいのテラスにいることを、僕はこのとき全く気が付かなかった。  
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