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その影はただ見下ろしていた。“それ”の残骸とそこから流れる血を。首と胴体は切り離され、先程まではピクピクと痙攣していたのにすでにもう息絶えて全く動かないその肉塊を。
こんなに大きい動物がこのような残酷な形で死んだというのに、不思議と胸に残るのは恐怖よりもこれに手を下した人への憐れみだった。
しかし立ち尽くす自分の様子を見て、下手人であるその人は怯えていると思ったのかぽんと自分の肩を叩き、優しく声をかけてきた。
「だから付いてくるなと言うたのに。このような残酷な光景を見せたくはなかったんやで。」
自分に声をかけるその人に一瞥をくれる。その人はまさしく今自分の目の前で“それ”の首を切り落としたのに、平然とその遺体を処理している。
いつも、自分に優しかったその人のそんな様を見ると、対照的にあの男への憎悪が湧いてきた。先程怯えて逃げて行ったあの男ーー。あいつのために、自分の大切な人が傷付いていることが、どうにも許せない。そんな自分の心を、その大切な人はーー自分の魂の師は見透かして、「お主は何も考えずともいい」とかわしてしまうのだ。
優しい方だ。そしてなんて憐れなんだろう。出会ったことに比べ細くなったその肩が闇の中でこちらに近づいてくるのを見ながら、決意を新たにする。
あいつらの好きにさせてなるものか。あんな奴らにこの方の魂を好きにする権利はもうない。
先程奴が入って行ったホテルを睨む。
「あいつ…。」
「うん?」
「力を使いましたね。」
「ああ。高天か。一瞬やけどな。故に今この有様や。あやつが言霊を使ったから――。」
「ええ。ですがあいつの言霊があったからこそ、今回は私も手伝えた。…あなたの強さを実感しました。あなたもやはり強い…。」
「そらどうも。」
そう言いながら、遺体から血を抜き出すその人を手伝いながら、思った。
――このような化け物から私は大切な人を守らなければ。
ここに来る前に立てた誓を咀嚼した。
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