331人が本棚に入れています
本棚に追加
/270ページ
高校に入ってすぐの実力テスト明け、翌日からの授業の予習を自室でしていた時のことだった。襖の向こうに人の気配を感じた。床をするような足音がしたかと思うと若い男の声がした。
「高天様、よろしいですか?」
この声は聴いた覚えがある。確か――。
「雄一さんですね。」
爺様の側近の雄一さんだ。
「はい。お忙しいとは知っとりますが、少しだけ、お時間をいただければと御当主が申されてはります。」
「爺様が?」
その言葉にペンを置いて襖をあけるとそこには紺色の着物を着た雄一さんが正座してかまえていた。きりっとしたまなざしをこちらに向けてくる。鋭い瞳。まるで刃物のようだ。
僕は昔から、どうにもこの人の視線が苦手だった。
しかしその感を出さないようなんとかこらえて目を合わせて問いかける。
「なんの用ですか?」
「それは母屋の方でお話しされるそうです。」
つまり母屋まで来いってことか――。正直面倒くさい。ついつい物臭根性が顔を出す。
「今日じゃなきゃダメですか?」
しかし雄一さんは引かない。僕がそう断るのを予想していたかのようにすらすら言葉を返してくる。
「御当主は高天様のテストが終わるんを待たれてはりました。これ以上お待たせするのは褒められたことやないと思いますが。」
雄一さんの遠慮のない言葉に嘆息が漏れる。
そうだ。この人は恐ろしく切れ者で頭の回転も言葉もまるで日本刀のような男なのだ。つまり僕に拒否権はないわけだ。
爺様が側近の中でもこの雄一さんを選んで寄越したということは、爺様も僕を今日見逃す気はないようだ。ここはおとなしく彼に連行されるのが賢い判断だろう。
もう一度溜息を吐くとおとなしく部屋の電気を落とす僕に雄一さんは立ち上がって先導を買って出てくれる。
部屋をでて久しぶりに母屋の一番奥、当主の庶務室へ向かう。
最初のコメントを投稿しよう!