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ひとつめ
―その日は確か寒い日で、高校の帰り道コンビニに寄った。
寒すぎて自転車のハンドルを握る手がかじかんだから、少し暖を取ろうと思っていた気がする。
雑誌コーナーの向かいには化粧品が置いてあって、彼女とはそこで出会った。
窓ガラスに向かって立ち、漫画雑誌を手に取る。
かじかんだ手ではうまくページをめくれず、少しイラついた。
「ぐすっ・・・ぐすっ」
後ろから不意になにかが聞こえる。
正直、困惑した。多分【嗚咽】だ。
振り返ってみたい好奇心と、どんな人がいるか分からない恐怖。
そんなものがない交ぜになって、俺の中を巡っていた。
その間も嗚咽は続く。
時おり、息を吸い込む喉がか細い悲鳴のような音を立て、押し殺した嗚咽が妙に艶かしかった。
だからかもしれない。
軽く伸びをするふりをしながら、僅かに体を左後方へ反らせた。
好奇心に負けて、この艶かしい嗚咽の主を確認したいと思った。
「・・・」
嗚咽を殺そうとしているらしく、その人は口唇を噛み締めて、眉間に皺を寄せていた。
そうしながらいくつかの化粧品を選び、籠に放り込む。
その間も相変わらず嗚咽が漏れている。
歳はいくつだろうか。
若い気もするが、案外上な気もする。
涙で落ちかけてはいるが、きちんと化粧をしていた様子が伺える。
長い栗色の髪はハーフアップにし、緩くまとめ上げ、何て言うのかは知らないが髪止めを付けていた。
着ている物は多分スーツ。
自分のまわりにいる【女子】とは違う整った雰囲気に、目が離せなくなった。
艶をもった大人の女性が、気が強い子どものように泣く。
そんなアンバランスな光景がなんだか綺麗に見えて、その反面、頭を撫でてあげたくなるような危うさも感じて心がざわつく。
あの時の俺は、きっと彼女の放つ毒気にあてられていたのだと思う。
だから迷わずポケットのハンカチを差し出していた。
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