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やわらかい感触が、柄を握る手の先へと、繊細な響きを纏い伝ってくる。不思議な心地がした。体内に冷たいものが侵入してくる。それなのに溢れてくるのは生暖かくて赤くて――つまりそれは女王蟻の白いとろとろではなくて、僕は自分自身に対して心底失望した。
膝を地面につき、さらに刃を押し込む。ざらりとした微細な手ごたえが、そのとき腕の芯にまで伝わってきて、ふらりと体が揺れた。
激痛の中に、激しい気持ちよさが多分に含まれていた。とろとろではなく、さらさらとし、ぬめぬめともしており、どちらとも僕が大嫌いな性質なはずなのに、頭が狂ったような穏やかさが心の奥底で息づきだすと、呼吸は自然と大きく荒々しく満足気にわき起こった。
それは紛れもない〈呼吸〉だった。
やっぱり僕のしてきたことは正しかった。女王蟻には感謝されてもされきれない。お腹を破ってイく――これがどれほど素敵で眩しく至福なことか、幼い頃の僕は誰に教わるでもなく理解していたのだ。
うつ伏せに倒れながら、さらにカッターナイフの刃を伸ばそうとした。しかし叶わなかった。地面に激突した衝撃でぐにゃりと横によじれ、腹部が抉られる。その弾みに六、七枚は伸びていた刃が根元から折れて、柄と分断された。その瞬間、カッターナイフまでもが僕の一部になった気がした。
横転した視界の中に黒い粒粒が散らばっている。湿った土の色を点々と装飾しているその脇から、僕の赤いさらさらが流れ込んでくる光景を、酷く霞んだ視界が辛うじて捉えた。
残念。白くてとろとろなら完璧だったのに。
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