呼吸

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 腹を破かれた蟻は一様にビクンビクンと跳ね、やがて動かなくなる。思えばあれがイくということなのだろうが、当時の僕はもちろん知る由もなく、ただ目の前でじりじりと土の上を這う、何とか世界にしがみつこうとしている蟻を見ると、とても喜んでくれているような気がして不安な心がスッと晴れた。  今だからわかるが、あれはとても気持ちのいいことだ。だから女王蟻には感謝されるべきはずだったのに、そんな僕のことを母は激しく咎めた。  どうやら母に言わせれば僕はおかしな子供らしかった。数えきれないほど病院に連れ去られたのはそのためだ。  だけど、いま思い返してみても、あれは悪手だった。通院したところで僕のおかしなところが良くなることはなかった。涙ながらに僕の異常を語る母も、それに応じて厭らしく触診したり問答したりする医者も、僕からすれば薄気味悪い世界の一部だったのだから当然の結果だと思う。  自分以外の生き物があちこちで動き回ることがどれほど不快だったことか。心臓をやすりで削られているような気さえした。それでいて巨大な生物の中に暮らしているような生臭さは、一向に絶えず僕の周囲を漂った。
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