桜の日の思い出

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ーーーその頃、延暦寺では大規模な火の海に囲まれ阿鼻叫喚する者達の姿があった。 それはまさに地獄絵図だった。 そしてその指揮を執るため前線にいる光太郎は、 あまりに残酷な光景に気を失いかけていた。 もっと、他に方法があったのではないだろうか。 煕子を守る為とは言え、こんなことをしてまで… 「…うぐっ」 光太郎は耐えられなくなり、思わず陣の奥の方へ入って行き、陰で胃液を吐き出した。 その様子を見ていた秀吉は心配して光太郎の元へ向かった。 「大丈夫か?」 「…すみません…俺が指揮しなきゃいけない立場なのに…」 「なに、大方寺は焼き切ったし、後は奥に逃げた女子どもを殺すだけだ。 お主は充分頑張ってくれた」 「…頑張ったと言っても、実際に手を汚したわけじゃない。 俺は指示する振りをして、結局人を殺せなかっただけです」 そう言いながら先ほど見た人が死んでいく光景を思い出し、再びえずいていると そこに遅れて家康の軍が到着した。 「遅いではないか! もう粗方済んでしまったわ!」 秀吉は家康に向かって悪態付いた。 「だって俺はあくまで援護することが仕事だから」 「そうは言っても他の者達がかように戦っていたというのに…!」 家康は秀吉が噛み付くのを無視し、 項垂れている光太郎の元へ歩いて行った。 「戦場で何やってんの? だらしなさ過ぎ」 「…家康殿…俺は今更になって、何もこんなやり方じゃ無くても方法があったのではないかと思えてきました。 あの時は信長様に不利益な交換条件を出され後先考えずこの任務に応じたけど、 こんな風に人を殺さなくても話し合う道はなかったのかってーーー」 光太郎が弱気でそう言っているのを見た家康は、 目線を光太郎から寺の方に向け、瞬時に弓を引いて矢を放った。 「あっ…」 光太郎が思わず顔を上げると、矢は逃げ惑う僧侶の一人に突き刺さった。 そしてその僧侶は苦しそうに呻きながら、ばたりと倒れこんでしまった。 光太郎が絶句していると、家康は彼の方を振り返って言った。 「…時に自分の手を汚す覚悟もない奴が、守りたい人間を守れると思うな。 愛してる女の身に何かあるとすれば、俺ならその女を守る為に迷いなく人を殺すことができる」
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