お世継ぎ騒動

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今度は光綱が驚く番だった。 「な…何故…」 「そう約束したのだから、煕子殿も父殿もそれを果たすべきです」 「で、でも姉は顔に痣が…」 「俺は容姿なんて気にしませんよ」 だって、所詮一時的に結ばれるだけの縁なのだから。 外見も、内面もこだわるつもりはない。 ーーー強いて言えば。 光太郎はふと煕子の顔を思い出した。 煕子が光太郎に見せた微笑みが何故か忘れられなかった。 恐らく、わざわざ替え玉まで送ってきたのだから 今後煕子が縁談を持ち込まれることは無いのだろう。 芳子は美しく愛嬌があるため貰い手はこれからも引く手あまただろうが、 一人生涯を終えるかもしれない煕子を思うと光太郎は放ってはおけなかった。 たとえ仮初めの夫婦だとしても、煕子を助けてやりたいと光太郎は思ったのだ。 「なんて男気溢れるお方…。 私が嫁入りできないのはとても残念ですが、 姉はとても喜ぶでしょう。 今は部屋で塞ぎ込んでいますが、帰ったらすぐに光秀様のお言葉を姉に伝えます」 そう言って芳子は少し惜しそうにしながらも、笑顔で従者とともに戻っていった。 「ーーーあれほど美しく気立ての良さそうな方なのに帰らせるなんて、 姉の煕子様というのはさぞかし崇高なお方なのでしょうね…」 芳子が去った後、椿は探るように光太郎に言った。 「別に。 ただ俺が煕子殿と結婚する約束をしたってだけ」 光太郎はあっさりとそう言ったが、潔く言い切る姿に椿は寂しさを覚えた。 「…光秀様が結納を済ませれば、今ほど光秀様のお側にお仕えすることはできなくなりますね…」 「そんな寂しいことを言うなよ。 俺は君のおかげで寂しさを感じることなくこれまでやってこれたんだから。 これからも変わらずよろしく頼むよ」 微笑みながらそう言う光太郎を見て、心がちくりとも痛んだが、椿は 「ーーーはい!」 と元気に返事をした。
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