お世継ぎ騒動

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そして芳子が帰路について少し経った頃、姉の煕子がやって来た。 その頬には大きな痣が残っており、そのせいか表情もどことなく暗い雰囲気を漂わせていた。 「おい…あれが本物の正室になるお方だそうだぞ」 「何だあの顔の痣は? 以前来た替え玉の方が痣もなく愛嬌もあったというのに」 奉公人たちが陰でそう噂するのを耳にした煕子は、 親同様自分の見かけだけで様々なことを言われることに心が苦しくなった。 「だが、それでも煕子殿を妻に望んだのは紛れもない光秀様本人なのだそうだぞ」 「光秀様も変わったお方だな…」 その時、そんな噂も耳に入り、煕子は少しだけ元気を取り戻した。 そうだーーー 本来ならばこのままご縁に恵まれず、 尼となる覚悟さえしていたというのに… 光秀様はなんとお優しい方なのだろう… 煕子は思わず顔をほころばせた。 その無垢な微笑みを見た奉公人たちは、 先ほどまで陰口を叩いていたが一転して煕子に目を奪われた。 「痣はあるが…なんと高貴で穢れのない笑みを見せる方なのだ」 「ああ。結納が今から楽しみだ」 そうして煕子は久しぶりに光太郎と顔を合わせた。 「お久しゅうございます」 「久しぶりだね。 君とはこれから夫婦として一緒に生活していくから、 何か不満や思うことがあったらなんでも言って」 「お気遣いありがとうございます。 …では、一つだけ聞いてもよろしいでしょうか」 煕子はおずおずと光太郎を見つめた。 「そのーーーこのような容姿となってしまった今、 なぜ妹ではなく尚も私を選んでくださったのですか?」 すると光太郎は目を瞬かせて言った。 「選ぶも何も、俺は君と結婚する約束をしていただろ? それに容姿が妹と似ていたとしても君は君なんだから。 比べる意味がわからないよ」 その真っ直ぐな言葉に、煕子は強く胸を打たれた。 天然痘にかかってから抱え込んできた苦しみや悲しみが一瞬にして消えていくのを感じ、 思わず涙が溢れてきた。 「えっ! ごめん、俺、何か気に触ること言ったかな…」 光太郎が慌てふためくと、煕子は泣きながらも微笑んで言った。 「いいえ、これは嬉し涙です。 これほどまで温かいお言葉を頂き、 それ故に涙を流すのは初めてにございますーーー」
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