お世継ぎ騒動

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こうして光太郎と煕子は無事祝言を挙げることとなった。 多くの人の目に晒されるとあり、煕子は祝言の日は痣の目立つ部分に包帯を巻いて式に臨んだ。 痣を隠した煕子はやはり誰が見ても美しく、 式に参列した多くの奉公人が彼女を絶賛した。 また祝いの席の余興として、煕子は持ち前の琴の腕を披露して見せた。 「いや、なんと素晴らしい!」 「名人の演奏を聴くことができるとは何たる幸福」 「才色兼備とはまさにこの事」 奉公人達は口々に煕子を褒めた。 そんな光景を、後ろでせっせと働きながら目にしていた椿は内心辛い気持ちが募っていた。 ーーー私はあの方のように容姿端麗で品があるわけでもなく、 楽器など触ったことすらない。 やはり光秀様のような武家のお世継ぎ様には煕子様のようなお方がお似合いーーー 椿は二人の結婚を祝うとともに、自分では光太郎に釣り合わない事を悲しく思った。 でも…こんな私にも特技はある。 椿は弱い心を打ち消すかのようにそう言い聞かせた。 椿が自身の最も得意と自負するのは料理だった。 町で売り子をしていた頃も仕込みの手伝いをしていたのと、 明智家にやって来てからも調理当番を交代制で担当していたため料理には自信があった。 そうだ、しばらく結納の儀などでお疲れになるかもしれない。 いずれ日を見て菓子でも作って差し入れしよう。 今の私から光秀様にしてあげられることなど これくらいしかないのだからーーー 光太郎と煕子が結婚してから一週間後。 煕子は一人厨房に立っていた。 光秀様と結納の儀を終えたとは言え、 何やら光綱様と話したり羽柴殿のお屋敷へ行かれる事もあり この七日間あまり話していない。 話すときといえば夕食時だけれど、 食事を配膳にやって来る椿殿と何やら楽しそうに話しておられる。 横で聞く分には、大抵の食事は椿殿の手作りだとかーーー 煕子は袖をまくり手を洗いながら、ため息をついた。 …情けない。 私よりも若い椿殿があれほどまで美味な食事を作ってくださるというのに、 私は厨房に立ったことすらなく… いくら琴が弾けて花を活けられても、光秀様を喜ばせることなどできない。 私も何か光秀様の為にできることがあればーーー そう思いながら、煕子は慣れない手つきで菓子を作り始めた。
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