お世継ぎ騒動

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ーーーどれくらいの時が経っただろうか。 陽のあるうちから作り始めた菓子を包みに入れる頃には、 すっかり月が昇りきっていた。 煕子は以前妻木家の侍女が作ってくれた甘味を、 口頭で聞いていた通りに再現してみたが 味も見た目もいまひとつに思えた。 とはいえ、せっかく作ったのだから光太郎がそれを食べ、喜ぶ姿が見たいと思い 煕子はわくわくしながら光太郎が出先から帰ってくるのを待っていた。 しばらくすると光太郎が従者と共に戻り、夕食の席にやって来た。 「ただいま。 遅くなると言っていたから 先に食べていても良かったのに」 「お帰りなさいませ。 あなたの帰りを待っておりました」 煕子は、食後に自分の作った菓子を渡して驚かせるつもりでいた。 だが、椿が配膳にやって来た際に愕然とした。 「実は、今日は光秀様が遠征と聞き、先ほど夕食を作る際にささっと菓子を作っておきました」 「菓子?ああ、疲れたから丁度甘い物が欲しかったんだ。 ありがとう」 えっ…? 椿殿も菓子をーーー? 煕子が心臓を高鳴らせながら無言で食事を取り終えると、 椿がにこにこしながら光太郎と煕子に手作りの菓子を渡した。 「はいっ、もちろん煕子様にも作ってありますよ! 自信作なのでぜひ味わってください」 煕子が椿から菓子を受け取ると、女性らしい細やかな盛り付けの菓子が器に入っており、味も絶品だった。 煕子は一日中ただ屋敷にいて、甘味を摂るべきほど疲れてもいないことが忍びなかった。 そんな煕子の横では光太郎が美味しそうに菓子をたいらげていた。 「うん、うまい! やっぱり椿は料理が上手だな」 「ふふっ…。 光秀様の為に、椿、頑張りました! 光秀様にそう言っていただけて幸せです」 椿は笑顔でそう言うと、煕子にも話をふってきた。 「煕子様、お味はお気に召しましたでしょうか?」 その言葉に、煕子の心はずきんと痛んだ。 「…ええ。とっても美味しかったわ。 ありがとうーーー是非今度作り方を教えてくれないかしら?」 「そんな!煕子様を厨房に立たせるわけにはいきません! どうか、おくつろぎになっていてください」 その夜、煕子は誰の口に入ることも、渡すことすらなかった手作り菓子をそっと捨てた。 捨てられた菓子の包みは、密かに流したであろう涙で寄れ目がついていた。
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