お世継ぎ騒動

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光太郎の冷たい一言に煕子は言葉を失った。 煕子にとってにこやかで優しい夫の口からそのような返事が返ってくるとは夢にも思わなかった。 「…だから、煕子殿が思うような良い夫でいることはできない。 そのことは…本当にごめん」 「ーーー光秀様は私のことがお嫌いですか?」 やっとのことで煕子が声を絞り出した。 息が上がり、思考が止まりかけている頭を精一杯動かした。 違う…違う… きっと何かの間違い。 光秀様はとてもお優しい方なのだからーーー しかし煕子の思いも虚しく、光太郎は再び冷たい言葉を口にした。 「嫌いではないよ。 でも、恋愛感情は…ない」 煕子は打ちのめされながらも、ふと侍女の椿の顔が浮かんだ。 「光秀様が愛しておられるのは、もしや椿殿なのでは…?」 その問いには、光太郎は迷うことなく即座に答えた。 「椿?なんでそこで椿が出てくるの? 煕子殿がどう思っているか分からないけど、 俺と椿はそういう関係じゃないよ。 そうだったら君と結婚したりしないでしょ?」 「ではーーー… では、もしもの話です。 もし、本当に椿殿を愛していたとすれば、光秀様はどうなさいますか?」 煕子の思いがけない問いかけに、光太郎は面食らった顔をしたが、少し考えてからこう答えた。 「本当に好きならばそう言う。 でも、俺は訳あって誰かを本気で好きになるつもりはないんだ。 理由は言えないけど…とにかく、椿とは何もないから安心して」 「そう…ですか。 ご迷惑をおかけして申し訳ありません…」 その晩は結局何もないまま眠りについた。 しかしその日以来、度々光綱は煕子に子作りのことでせっついてきた。 ただでさえ屋敷の仕事は侍女達に任せきりで手伝いをしようとしても断られてしまうため、 煕子は光太郎のいない間はただ書物を読んだり、空を眺めて過ごす日々を送った。 自分一人が何もせずに居候している状態のため、 せめて光太郎との仲を深めたかったが あの晩の言葉を聞いて以来、世間話すら何となく話しにくい雰囲気となっていた。 日に日に様々なプレッシャーやストレスが重なり、ついにある夜煕子は熱で寝込んでしまった。
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