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明智光太郎は社員証とノートパソコンの入った鞄を床に置くと、大きく溜息をついた。
時刻は午後11時。
つい先程帰宅したばかりの彼には、今からシャワーを浴びる気力など残っていなかった。
ーーー今日も寝る為だけに帰って来たようなものだ。
光太郎はスーツを脱ぎながらぼんやりと考え込む。
死んだ父さんの話では、我が明智家は明智光秀の子孫だとか。
歴史の授業では、明智光秀と言えば裏切り者として有名だ。
そんな裏切り者の子孫だと分かれば周囲に何と思われるだろう。
そう思って俺はそのことを学生時代は周囲に伏せてきたし、
そのせいで自分の苗字が好きになれなかった。
婿入でもすればこの苗字からは抜け出せるかもしれないけど…
ーーー婿入、か。
光太郎はふーっと息を吐きながらネクタイを緩めた。
父さんが死んで、母さんは俺が早く結婚して子どもを産むことを望んでいる。
孫が出来れば安泰だと思っている母さんの意向に背いて俺は大学に進学し、
田舎を出て母さんとは離れた都会で会社員になった。
そんな母さんは、戦国時代の歴史が好きで
明智家の末裔と言われる父さんの血筋も結婚の決め手だったと話していたことがある。
そもそもの理由が安直だし、それに何よりーーー
そんな、「裏切り者」のどこが良かったんだ。
以前、そのことを母さんに聞いたことがある。
でも、にこにこしながら
「自分で光秀について調べてみなさい。
あなたが思っている光秀とは違う面も見えてくるかもしれないわよ」
と、少し突き放されるように言われて終わった。
母さんがそこまでいうなら、と調べようかとも思ったけれど
父さんが生きていた頃には家系図やら明智家の歴史やら色々聞かされ過ぎて、
結局自分から新しい情報を得る気にはならなかった。
そんな情報より、今欲しいのは休暇と睡眠時間だ…
歯磨きを終えた光太郎は、シャワーは明日の朝浴びることにして布団に潜り込んだ。
しかし、彼が再びシャワーを浴びることは無かったーーー
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