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煕子は、光綱から子作りを急かされていることと、光太郎にはそれを言い出せずにいることを正直に話した。
そして、何もすることのない自分が子作りすらできないのは
ここにいる意味があるのかと思い悩んでいることも打ち明けた。
苦しそうな面持ちで話す煕子を見て、椿は少し考えたがやがてこう言った。
「…煕子様のお気持ちは伝わりました。
では、私と一緒に料理のお手伝いをしてくれますか?」
椿にとって、それは心苦しい提案でもあった。
自分にできる唯一の特技を煕子に取って代わられてしまうのではないかと悩んだが、
屋敷内で仕事や話す相手を持つ自分に対し、日がな空ばかり見て過ごす煕子があまりにも不憫に思えたのだ。
「ありがとうございます。
何もすることがないと人に話すと、なんと贅沢なと言われ取り合ってもらえないのですが、
私の心の内を聞いてくださったのは椿殿が初めてです。
とても…嬉しい」
煕子はふんわりと微笑んだ。
「では、煕子様の熱が下がり次第少しずつ一緒に作る練習をしましょう。
ですから、今日はもうゆっくり休んで今後に備えて下さいね!」
そう言って椿は明るく煕子を励ました。
椿は心から煕子を慰めたいと思うとともに、もう一つ別の感情があることに気がついた。
これまでは自分の愛しい存在を意のままにできる権利を持つ相手として煕子をやっかんでいたが、
光太郎とうまくいっていないことがわかり同志のような感情が芽生えたのだ。
言わばスタート地点が同じ恋のライバルのような関係に思えた。
だが椿が思うよりこの関係性はとても脆く、バランスが壊れやすいものだということに
椿も煕子も気づいてはいなかった。
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