侍女と正室

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それ以来熙子は頻繁に椿に料理の手習いをし、 日に日に腕を上げていった。 水を得た魚のように生き生きと料理をする熙子を見て椿は嬉しく思う半面、 益々自分の光太郎にできる役割が減っていくのではないかと言う不安に駆られた。 「見て、椿殿!煮つけを崩さずに盛り付けられるようになったわ」 熙子が微笑みながらそう言うと、椿は 「まあ!今回の出来は今までで一番良いのではないでしょうか」 と笑顔で返した。 すると熙子は 「これを光太郎様が食べてくださるかと思うと今から楽しみでなりませぬ」 と口にした。 「光太郎様?」 椿は聞き慣れない名前を言った熙子に聞き返した。 「あっ…ええ、光秀様にそう呼ぶよう言われたの…。 幼名だと思うのだけれど、そういってくださるのは ようやく私に心を開き始めてくれたが故かと思うと嬉しく思うわ」 その言葉を聞いた椿は、 胸が強く締め付けられるのを感じた。 その後熙子は光綱に呼ばれ厨房を離れた。 「申し訳ありません、お時間をとらせるやもとのことなので、後の配膳をお任せしても…」 「何を仰るのですか! 本来料理から配膳まで私の仕事ですもの! お気になさらず行ってくださいませ」 「ありがとう」 そうして一人厨房に残った椿は、 先程熙子が作り上げた煮つけを見つめた。 椿の心には黒い気持ちが込み上げていた。 熙子様は気立てが良くお優しい方。 でも…私の心はなんと醜い… 椿は、出来立ての煮つけを流しに捨て、 他の惣菜を盛り付けて光太郎の待つ部屋へと盆を運びに行った。 光太郎が食事をとり終えた頃、 光綱との話を終えた熙子がぐったりとした様子で部屋に戻ってきた。 今回も子作りについてせっつかれ、 もやもやとした気持ちで光太郎の横に座った。 だが、盆の器がすべて空になっているのを見た熙子は 厨房にいた時の元気を取り戻した。 「食べて頂けたのですね」 「ああ、熙子お帰り。 随分と話し込んでいたんだね。 今日もとてもおいしかったよ」 「ありがとうございます。 とはいえそのほとんどは椿殿の作ったものですが…」 「でも、熙子も手伝っているんだろう?」 「ええ…ほんの微力ですが。 …あの、煮つけはいかがでしたか?」 熙子は自分の力作の感想が聞きたくて うずうずとしながら光太郎に尋ねた。 すると光太郎は思いもよらぬ返事をした。
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