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「ん?煮つけ…」
「お口に合いませんでしたか?」
「いや、そうじゃなく、煮つけなんて今日の献立にあったかと思って…。
俺が気づかなかっただけかもしれないけど…」
「そう…ですか。
私も昨日の献立と思い違いをしていたかもしれません。
おかしなことをお聞きし申し訳ございません」
熙子はとっさにそう返したが、内実椿に対してわずかに猜疑心が生まれた。
それから数日後、熙子は妻木家から従者が様子を見にやってきたという知らせを受け、近況を話すために席を外していた。
その日は珍しく光太郎も仕事がなく、侍女の椿も光綱から暇を与えられていた。
「光秀様!
久しぶりにゆっくり時間が取れましたので、お話しませんか?」
「ああ、椿。
俺も丁度暇だったから構わないよ」
「…熙子殿は?」
「熙子なら妻木の従者達とお茶をしているみたいだよ。
折角訪ねてきてくれたみたいだから彼らだけでゆっくりしてもらおうかと思ってね」
「光秀様はお気遣いができる優しいお方なのですね。
ーーーねっ、光秀様。
よければ城の周りを散歩しませんか?」
椿の思わぬ提案に光太郎は戸惑った。
「でも、俺はまだ城の外を自由に歩く許可を父上にもらっていないんだ」
「そんなの関係ないですよ!
近頃の光秀様は忙しく飛び回り屋敷に尽力しているではありませんか。
きっと光綱様もとっくに光秀様をお認めになっておいでです」
「…そうだな。
じゃあ、椿、城下町を案内してもらえる?」
「もちろん!早速準備をして参ります!」
椿はいそいそと外行きの華やかな着物に着替えるために部屋を出た。
一方熙子は、よく自分の面倒を見てくれていた妻木家の奉公人たちとの会話に花を咲かせていた。
「ここへきてからこんなにも誰かと話したのは久しぶりで楽しかったわ」
「光秀殿とはあまり会話をされていないのですか?」
「それは…あの方がお忙しい為仕方のないこと。
夫の留守をしっかりと守れる妻になるべく私ももっと兵法や政治を学びたいわ」
「熙子殿はきっと、あらゆる面で光秀様のお力になることでしょう」
「嬉しい、ありがとう。
折角来てくださったのにお茶の一杯では物寂しいでしょう。
よければ城下町を歩いてみない?」
熙子は従者たちを城下町の散歩へと誘った。
喜んでそれに応じた従者達と町へ降りていくと、
そこで偶然、光太郎と椿が仲睦まじげに歩いている様子を目にした。
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