侍女と正室

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見ると、光太郎はとても楽しそうな笑顔を浮かべている。 「へー…これが戦国の世の陶器か…面白いな」 「光秀様ってば、以前お住まいになっていた地では陶器を見たことがなかったのですか?」 「えっ。あ…いや! 向こうとは少し文化が違うから、作りも異なっていて面白いと思ったんだ」 「ああ、なるほど。 あっ、光秀様!向こうに美味しい甘味処があるんです! さっ、早く!」 「ちょっと待って、そんなに引っ張るなって!」 椿は光秀の腕を掴み、嬉しそうに先を急ぐ。 そんな様子を離れたところから見守っていた煕子だが、 彼女が固まって一点を見ていることに気がついた従者が その視線の先を見て驚いた。 「煕子様!あれは光秀殿では?! あのような一介の町娘などとどうして…」 「いえ、あの者は明智家の侍女よ」 「しかし何故光秀殿は侍女と二人きりで町を…」 「…分からないわ…」 煕子は力なくそう言うと、きゅっと唇を引き結んだ。 その様子を目にした従者は 煕子の気持ちをすぐに察した。 「…今すぐ光秀殿とあの娘をここへ呼んで問い詰めましょう!」 「やめて!…今この場で事を荒立て明智家の印象を悪くしたくはありません。 それに…あの者と特別な仲であることは以前から気付いていたのよ」 煕子の言葉に従者は愕然とする。 「まさか、あの娘は妾なのですか?!」 「…違う…と思う。 でも、私よりも精神的な結びつきが強いように見受けられるわ。 それに夫が私よりもあの者が良いと言うのなら、それを止める術を私は持っていないのだから…」 「ですが、それでは煕子様があまりに不憫です」 従者は制止する煕子を振り切りすぐさま城へ戻ると、 光綱に直談判しに向かった。 「我ら妻木家の姫様を放ったらかし、一介の侍女と町で逢瀬をするとは光秀殿は何たる男! 由々しき事態にございます!」 従者の言葉を聞き、光綱は頭を抱えた。 光綱は、光太郎が煕子との夜の営みに消極的なのは椿が原因なのだと早合点した。 「…世継ぎの母は武家の出でなければ…」 「世継ぎ云々ではありませぬ! 私達は煕子様の幸せな姿を見る為ここへ足を運んだのですぞ?! 光綱殿、しかるべき対応を!」 従者の強い言葉を受け、光綱は翌日 光太郎と椿を呼び出した。 「…本日を以って椿の、光秀専属世話役の任を解く」
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