毒と仕返し

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「のう、光秀よ」 「はい」 ある日、光太郎は信長に呼び出された。 「お主の妻ーーー煕子とか言ったな」 「はい。それが何か…?」 「いい女だな」 「はいっ?!」 信長の唐突な言葉に、光太郎は思わず声を上げてしまった。 「ええと…それは、どうも…」 「俺に譲れ」 「えっ?」 「ただでとは言わん。 お前には近江の領地をやろう。 そちらで美しい女子共も引き合わせよう。 悪い話じゃなかろう」 突然の信長の言葉に、光太郎は始め頭がついて行かなかったが、はっきりと答えた。 「お言葉ですが…煕子は誰かと交換できるような存在ではありません。 たとえ一国を与えられても煕子を差し出すつもりはありません」 「…俺に逆らうつもりか?」 「信長様の命令であっても、こればかりは譲れません」 「ーーーいい度胸だ」 信長は高笑いをし、扇で自身を仰いだ。 「して…お前は未だ殺生をしたことがないそうだな」 「?…はい」 「向こう一年ほど戦も起きていない、故にそれも仕方ないが… お前の覚悟を見たいものだな」 「覚悟?」 「ーーー近頃、比叡山は延暦寺の悪合羽達が俺の政に騒いでおる。 煕子殿から手を引く代わりに お前に延暦寺の焼き討ちを命ずる」 「ーーー…!」 信長のあまりに強引な交換条件に、光太郎は絶句した。 これまで半年間、信長の片腕として働いてきたにも関わらず 妻をよこせ、それが嫌ならば寺を焼き払って坊主達を殺してこいと命じられたのだ。 「嫌か?」 「俺は…人殺しは」 「ああ、言っていなかったな。 俺は手に入れられぬ女の存在は 無駄に心を惑わす諸悪の根源だと考えている。 ーーーあの女も遮断すべきかのう…」 「?!」 光太郎は、それが暗に煕子を殺すと脅している意であることを悟った。 理不尽さに思わず漏れそうになった怒りの声を必死に抑え、ようやく 「…わかりました」 と答えた。 「安心しろ。坊主共を殺すにはちと人数がいる故、 秀吉と家康を援護につけるつもりだ」 信長の計らいはむしろ最悪の組み合わせだと光太郎は思ったが、 人を殺したことのない自分にはあまりに重い任務だったため、 仲違いを除けば有能な家臣二人が加勢してくれることはありがたかった。 ーーーこうして延暦寺焼き討ちの為の計画が練られることとなった。
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