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「私は蕎麦が大嫌いだったんだ。別にアレルギーがあるわけじゃない。体質に合わないからダメとかではなかったんだが、蕎麦だけは好きになれなかった。それを私の両親は咎めることもせず、ムリに食べさせたりはしなかったから、私は大人になっても蕎麦が食べれないままだったんだ」
「大晦日にはいつも美味しそうに蕎麦を食べてたのに、あれは何だったわけ?」
「それが『約束』だったんだ」
それを言うと、父はまた目を細め、懐かしそうな顔をする。
和俊が赤ちゃんの頃と言えば、かなり昔のことになるのだろう。
お金を貯めたいというのもあり、会社が近いというのもあって、貴之は家賃を渡して実家で暮らしていたが、和俊は就職と共に家を出ているため、懐かしいのはなおさらかもしれない。
「母さんに言われたんだよ。『あなたがお蕎麦が嫌いなこともよく分かっています。だから、普段からお蕎麦を作ったりしません。ただし、子供が出ていくまでは、年越し蕎麦だけは美味しそうに食べてください』とな。年越し蕎麦は日本の良き風習だから、子供たちにもきちんと教えたかったらしい」
その気持ちを汲んだ父は、大嫌いな蕎麦を美味しそうに食べ続けた。
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