37人が本棚に入れています
本棚に追加
「ヘイお待ち」
目の前にチャーハンが置かれたのである。
忘れていた。コイツがいた事を。
そいつは店内の薄明りを受け、一粒1粒がパラパラと踊りだしそうなぐらいに輝いていた。米粒ごとにそれぞれ油をまとっている証拠だろう。店主の技量に恐れ入る。おかげで見るだけでも胃がもたれそうである。とっくにもたれているけども。
「あ~ぁ……」
脂っこい物ばかり食したうえ更に控えたギトギトチャーハンを眺めて私はため息を、つこうとした時だった。
ヤクザの彼がため息をついたのだ。
「どうしたんですか?」
思わず私は尋ねてしまう。
ハッキリ言って、よそ様の愁いなどに興味は無い。
だがそれがヤクザだと少々気になってしまう物がある。何たってヤクザは愁いを生む側である。何を大層に悩む理由があるというのだ。
そんなヤクザの彼は、私の問いに応えるよう口を開く。
「俺だってなあ、好きで取り立ててる訳じゃねえんだよ」
聞くまでもない。
そんな仕事とも言えない行いに誇りを持ってもらっても困る。
「だったら、そうじゃない仕事に就けば良いじゃないですか」
答えは簡単だ。こんなのは自ら言葉にしながらもわざわざ発する意味も無い。
しかし、私の言葉にヤクザの彼は首を横に振った。
「あんちゃんなあ、誰でもカタギの仕事が出来るわけじゃねえんだよ」
「そうですか? 学歴とか、どんな経歴でも仕事ぐらいは普通に――」
「まあそう思うもんなんだろうな」
私の言葉を、ヤクザは分かりきった事のように遮る。
「普通か……」
それから箸を止め、そう呟くヤクザの彼。
彼は、私の発した“普通”という言葉に対して僅かだが表情を曇らせた。
嫌悪を滲ませつつも、それは初めて出くわした時の剥き出しな怒りという物ではない。諦めや困憊という物だろうか。
そう巡らせている私を察してか、彼は語り始めた。
最初のコメントを投稿しよう!