第1章

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 夜の仕事をする親のもとで生まれたこと。  母子家庭だったこと。  ゆえに周囲の親御から後ろ指差され友達も出来ず、教員からもは避けられていたこと。  彼を進学させようと、母親が金銭を繕う為に窃盗をしてしまい捕まったこと。  おかげで雇ってもらえる所も無かったこと。  彼の母親ですら幼少期に虐待を受けていたことも。 「普通に生きて普通の苦労だけしてりゃ俺だって…………お袋も……」  苦労とは糧になる物だ。苦労した分だけ幸せが貯金される。  皆、いつかの幸せを信じて今の苦労を耐えているのだ。  それが彼の言う普通の苦労。  しかし彼自身は常人になど知り得ない、枷になる苦労をしてきたようである。苦労が次の苦労を生む、苦労した数だけ幸せが離れていく大いなる枷。  ああ、何ということだ。  これまで考えもしなかった現実が彼から突き付けられ、何も発せられない。  そして彼の苦労もまた枷になる苦労という物の中としては普通の事なのかもしれない。実際そういう話は事実もフィクションも含めて珍しくはないだろう。  でも、だからこそ彼にとって世の中は理不尽このうえないのだ。  しかし、そうさせているのは普通に生きた者達である。  普通に生きてこられただけなのに何の権利があって辛い思いをする者へ後ろ指を差すというのだ。  だが、どこにでもいるような特徴無き普通な顔にたがわぬ普通な人生を送ってきた私だ。普通に生きられない者を無自覚に悪意なく指差して笑っていた事もあるのかもしれない。  少なくともヤクザという者を見下してはいたのだから。何の言葉を返せない私は、ただ脂っこいチャーハンを食す事しか出来ないのであった。  そもそも何故に私へそんな事を言ってくれるというのだ。  そんな事を知ってしまっては、もう明日から普通という流れに身を任せて生きていけなくなるではないか。  いや、だからこそなのだろうか。  特徴無き普通な顔の通りぬるま湯の中で生きてきた私だからこそ、彼は吐露してしまったいうのか。
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