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電話でもして様子伺うかな、と携帯を手に取ったとき、部屋のチャイムが鳴った。
「よぅ」
慣れた様子で上がりこむ野々村は、少し酒の匂いがした。
「飲んでたのか?」
「まぁな。残り少ない大学生活だからな。遊べるうちに遊んでおかないと」
「お前はもう十分遊んだだろ?」
苦笑いすると、まぁな、と野々村は頭をかいた。
「てか拓海こそ遊び足りてねーんじゃね?夏からこっち、ますます付き合い悪りーしさ」
「そうか?」
自覚はないが、正直遊びに出るのは億劫だった。
「もしかして……、なんか言われた?」
「は?」
「ほら。地元に置いてきた遠恋の彼女だよ」
あぁ。
野々村はまだ、勘違いしたままだったか。
「彼女なんて……。いねぇよ」
本当のことを言っているので、後ろめたさはない。
「彼女じゃねーんだったら何なんだよ?お前をそこまで地元に惹き付けんのは?」
「食い下がるなぁ。そうだな……。敢えて言うなら、海かな」
地元の浜辺を思い出しながら言う。
「海……?あぁ、お前はそれ関係の研究がしたいんだったか」
やや納得した風の野々村に、安堵する。
「あぁ。地元の海は、特別なんだ……」
思い出すのは、夜のさざ波。
鼓膜を揺らす潮騒と、真っ直ぐに伸びる光の道。
そう。あいつと見た――。
「おーい。戻ってこーい」
野々村が、目の前で手を振っている。
「たく、ひとつのことに夢中になると他に何にも見えなくなるんだから……。ホント研究者向きだな」
「ありがとう」
「誉めてねーし」
そう言うと、これ以上話すことはないのか野々村は、持参したコンビニ袋をカサカサと言わせて缶ビールを取り出した。
「じゃ、とりま乾杯?」
「いつも悪いな、俺の分まで」
「気にすんな。一人で飲むより二人だろ」
野々村と、こうして他愛もない話をしながら宅飲みするのも後少しなんだな、としんみりした。何だかんだ言ったって、大学入ってからのダチの中では一番仲良かったからな。
……と、
「あ。ごめ……」
携帯の着信を知らせる画面に気付く。
すぐに通話ボタンを押せば、予想どおりのあいつの声が聞こえた。
「広野、何してるの?」
その声は、俺の鼓膜を柔らかくくすぐる。
「んー。ダチと飲んでる」
「店?……わりには騒がしくねーな」
「ん。宅飲みだから」
何の後ろめたさもなく、そう答えた。
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