第1章

3/5
前へ
/97ページ
次へ
電話でもして様子伺うかな、と携帯を手に取ったとき、部屋のチャイムが鳴った。 「よぅ」 慣れた様子で上がりこむ野々村は、少し酒の匂いがした。 「飲んでたのか?」 「まぁな。残り少ない大学生活だからな。遊べるうちに遊んでおかないと」 「お前はもう十分遊んだだろ?」 苦笑いすると、まぁな、と野々村は頭をかいた。 「てか拓海こそ遊び足りてねーんじゃね?夏からこっち、ますます付き合い悪りーしさ」 「そうか?」 自覚はないが、正直遊びに出るのは億劫だった。 「もしかして……、なんか言われた?」 「は?」 「ほら。地元に置いてきた遠恋の彼女だよ」 あぁ。 野々村はまだ、勘違いしたままだったか。 「彼女なんて……。いねぇよ」 本当のことを言っているので、後ろめたさはない。 「彼女じゃねーんだったら何なんだよ?お前をそこまで地元に惹き付けんのは?」 「食い下がるなぁ。そうだな……。敢えて言うなら、海かな」 地元の浜辺を思い出しながら言う。 「海……?あぁ、お前はそれ関係の研究がしたいんだったか」 やや納得した風の野々村に、安堵する。 「あぁ。地元の海は、特別なんだ……」 思い出すのは、夜のさざ波。 鼓膜を揺らす潮騒と、真っ直ぐに伸びる光の道。 そう。あいつと見た――。 「おーい。戻ってこーい」 野々村が、目の前で手を振っている。 「たく、ひとつのことに夢中になると他に何にも見えなくなるんだから……。ホント研究者向きだな」 「ありがとう」 「誉めてねーし」 そう言うと、これ以上話すことはないのか野々村は、持参したコンビニ袋をカサカサと言わせて缶ビールを取り出した。 「じゃ、とりま乾杯?」 「いつも悪いな、俺の分まで」 「気にすんな。一人で飲むより二人だろ」 野々村と、こうして他愛もない話をしながら宅飲みするのも後少しなんだな、としんみりした。何だかんだ言ったって、大学入ってからのダチの中では一番仲良かったからな。 ……と、 「あ。ごめ……」 携帯の着信を知らせる画面に気付く。 すぐに通話ボタンを押せば、予想どおりのあいつの声が聞こえた。 「広野、何してるの?」 その声は、俺の鼓膜を柔らかくくすぐる。 「んー。ダチと飲んでる」 「店?……わりには騒がしくねーな」 「ん。宅飲みだから」 何の後ろめたさもなく、そう答えた。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

66人が本棚に入れています
本棚に追加