生はまこと偽物(いかもの)に尽きる

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  抱き合った直後だからって わけじゃないけれど、 不快だと怒る気持ちは 湧いてこなかった。 だって桃さまは今、 無防備に私に 甘えている。 こんな男の人を 自分の気分だけで 突き放せるほど、 子どもでも冷血でも ないつもりだ。 この人が どこの誰であろうと、 きっと私はこんな気分に なっただろうと思った。 桃さまの手が 私の肩から背中、 腰にするすると回される。 縋りつくような その動作に、 余韻の影が 甘く深くなっていく。 「ヴェルレーヌに、 心当たりはありませんか」 「……」 あらためて訊ねられると、 私の心の奥深くの 冷たい軋みが その存在を主張し始める。 『……ねるのが 大人だと思ったら、 大間違いだよ。 木枯』 ──10年前の あの声が甦る。 .
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