生はまこと偽物(いかもの)に尽きる

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  ──彼に奥様がいるだなんて、 知ろうとしようともせずに。 ヴェルレーヌの “落葉”が好きだと 微笑んでいたのは、 他の誰でもない あの人だった。 いつも乾先生が 手元に詩集を置いて、 息抜き代わりに 朗読するのを 同じ部屋で聴いていた。 「乾貴仁は、 僕の先輩なんです」 「──……」 「結婚している あの人に騙されている あなたのことを、 ばかだなと思っていました」 「……そう、ですか」 ずぅん……と 眼球の裏が重たくなる。 自分のしていたことが どれほど愚かなことだったかは わかっているから、 ショックというわけでは ないけれど。 ……なんだろう、 この人に 知られたくなかったな、 なんて思いに駆られる。 .
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