生はまこと偽物(いかもの)に尽きる

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  「そうです。 正しいんですよ。 ……あなたはね、 正しいんですよ」 惜しむような声で、 桃さまは私の顎を 軽く吸ってから、 唇にたどり着く。 触れるだけのキスに もうなにもときめく 要素がない自分に 諦観がまとわりつくのを 感じながら、 桃さまの真っ黒い瞳を 覗き込んだ。 唇と唇が触れるよりも、 瞳と瞳を交わすことのほうが ずっと濃厚な瞬間が あること、 私はもう知っている。 「これは僕の 悪いくせのようなもので」 「悪い……くせ」 その言い方に ぞわりとしたものを感じ、 妙な期待に似ていることに 気付いて人知れず 恥ずかしくなった。 「朝、夜の間に積もった 新雪を見ると、 自分の足で 踏み荒らしたくなるような 気持ちになるでしょう。 ……あれを少し こじらせている気がします」 「……!」 .
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