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心筋梗塞だったらしい。
市長選の真っ只中に倒れて…そのまま、帰らぬ人に。電話をかけた日が、通夜
だと知らされた。もしかしたら…
不甲斐ない息子を見かねて、
親父が会いに来てくれたのだろうか。
結局、あの夜のことは誰に話してみても、信じてもらえるわけもなく。また納得のいく明確な答えも返ってこなかった。ただ…
火葬場から立ち上る煙を見ながら姉が、
『お父さんが昇ってくね』
『うん』
『お父さんの支援者さんのお嬢さんがね。あるドラマを録画してたらそこに、貴浩が映ってたって、ダビングして持ってきてくれたことがあってね。あんたがチンピラでさ。まあすぐに刺されて死んじゃうんだけどね』
そんな役は数えきれないほど演ってる。
『その死に方が下手くそでさ、お母さんと大笑いしたわよ』
うるさい!
『これじゃ、モノにならないわよねってね』
なおさら、うるさい!
『でもね…お父さんだけは絶対に観なかったんだ』
そりゃそうだろうよ。それで勘当されたんだから。
『ところがだよ。これはお母さんの話なんだけどね、夜中に一人でこっそり観てたらしいよ』
え?
『そんでもってさ、何度も何度も巻き戻して観て、ポロポロ、ポロポロと、
泣いてたんだって…』
姉が嗚咽して言葉を詰まらせた。と、同時に自分にも、滝のように涙が零れ落ちてきた。
親父…ずるいよ。
あの夜と云い、カッコ良すぎるよ。
俺と姉は、煙が消えるまでその場で、泣き尽くしていた。
あれから20年が過ぎた。
俺は…いや私は役者をやめて、市議会に打って出た。勿論、己の意思で地盤を引き継いだ。
そして今、市長選に臨んでいる。
『親父、蛙の子は…やっぱり、カエル
だったよ。仇はとってやるからな。
あの世でしっかり見てろよ。当選したら、また二人で飲もうや』
今、私は誇りを持って頭を下げている。
完
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