君に触れていた日々を懐かしく想う……。

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降りだした小粒の雪が、小さな枠の風景を白く染めていく。 その静かな音に聞き耳を立てているのか、彼女は本に挟むはずの栞を止めた。 湯飲みからあがる湯気のやわらかいこと。 手前に活けられた紅白の椿の生き生きとしたこと。 纏う着物の柄も、袂から覗く白い腕も目を惹き付けられる。 細く繊細でありながら輝きを放つ黒髪も、美しい。 彼女の本のタイトルは見えない。しかしそこには物語がきちんと存在しているのだ。 「とても美しい」 彼女を見つめる一人の男が呟く。 「美しすぎて、触れたくなるよ」 伸ばしかけた手を自制で引き留める。 そんな男の側にそっと気配を消して立つスーツ姿の女は、浅く息を吐いた。 「"彼女"の作者は……貴方は天才です。ですが」 誰もいない展示会のホールに響く声。 「自分の描いた作品に恋をしてしまうのだから、手におえません」 そう"彼女"は、一枚の絵画だ。
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