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多々良黎太郎と背後霊の恋
呼び止められて、振り返るとそこには誰もいなかった。傍から見ると突然後ろを見たようにしか見えない、何という事はない日常の一コマだ。事実彼にとってもこういう事は日常茶飯事の出来事である。しかし彼自身にとってみれば、そんな事が日常茶飯事と化している事について、心中穏やかではいられないというのが正直な感想であった。
(また、か……)
「おい、多々良。さっきから何度かちらちら後ろ見てるけどどうした。集中しろ」
「あっ、す、すいません先生」
多々良黎太郎は大人く決して目立たない、二十一世紀の若者らしい草食系男子である。かといって人付き合いが悪いという訳でもこじれた思想の持主という訳でもないため、いじめられている訳でもない。ましてや授業中に後ろからシャープペンで突かれたり背中を指でなぞられるなどといったようなちょっかいをかけられるような事もなかった。否、しようとしてもできないと言った方が確かであろう。
何故なら、黎太郎の後ろには誰もいない。黎太郎の座席は教室とクラスメイトの後頭部と項を一望できる最後方なのだ。故に背後からのちょっかいで後ろを振り返ることなど出来ないはずである。それでも黎太郎が背中からの声で反応してしまうという事は、そこに何らかの超常現象が起きている事に相違ない。あるいは気味が悪い。声に出して言う者こそおらずとも、それがクラスメイトの共通認識であった。そして、そんな日頃の背後を振り向く癖から、「多々良黎太郎には背後霊が憑いている」という噂がまことしやかにささやかれるのは仕方のないことであった。
しかし、それを黎太郎自身が真っ向から否定しないという点もまた、それが冗談の二文字に斬り伏せられない所であった。黎太郎は教師に注意された後も表情を歪めるとシャープペンを取り、ノートの端に丁寧な字で走り書きをしていく。そこには「後にしてください」と書かれていた。
その噂の真意をここに述べよう。見た目は至極平凡、成績も体力も人並みなこの十六歳の少年多々良黎太郎には背後霊が憑いている。しかし取り立てて恨みを買うような事や悪行を行った試しはない。物心ついた時にはもうすでに、彼の背中には常に何らかの霊が取りつくようになっていたのだった。ずっしりと重い肩を回して、黎太郎は今日も溜息をつく。それは己の毎度の不運と、この背中の霊をどう成仏させてやろうかという悩みによるものだった。
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