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多々良家は知る人ぞ知るイタコの一族である。黎太郎の両親はそれほど霊感は強くなかったが、祖母のミエ子は歴代最強クラスの霊感を持っており、同年代のイタコでは比べものにならないほど正確な「口寄せ」が出来たと言われている。だからこそ黎太郎はこの体質を持ってしても、同じく霊の声を聞き代弁できる祖母に相談できたからここまで気を病まずに生きてこられたのだ。
しかし、黎太郎は正規のイタコの修業を積んでいないためまだ口寄せはできない。それこそ霊の声が某英会話教材のように脳内に垂れ流され、感覚で理解する程度の事しかできないのだ。そして無茶な口寄せをすると支離滅裂な事を口走った挙句卒倒してしまうという難点も持っているため、表立って霊の声を代弁することはできなかったのである。そんな難儀な霊感少年は今日も祖母に助けを求め、自宅の和室へと転がり込んだのであった。
「婆ちゃん、ただいま…」
「おやおや、お客さんがいるね。まぁ随分若くてべっぴんなお嬢さんだこと」
祖母ミエ子は、ほとんど開かない糸目で黎太郎の―正確にはその肩くらい―を見て、そう穏やかに言い放った。両親はこれを気味悪がるが、黎太郎にとってはもうこれも慣れた光景である。何故なら彼にも実際に、背後霊がいるという事が実感できているのだから。
「そう、学校で急に憑いてきて…」
「ふぅん…どれ、婆ちゃんがその娘の言葉を聞いてやるから、ちょっと口寄せしてみな」
ミエ子に軽いノリで返され、黎太郎は目を見開いた。
「や、やだよ。僕あれやったら倒れちゃうし、婆ちゃんがすればいいだろ」
「これも練習練習。婆ちゃんしか見てないんだからさっさとやる」
「わ、わかったよ…」
結局逆らえなかった黎太郎はぶつぶつ呟きながら、祖母の鏡台の上に置いてあった和紙の束を取る。そこには降霊の為の呪文的な文章が書き連ねてあり、黎太郎は一つ唾を飲んでからそれを読み上げ始めた。部屋中に波紋の如く浸透していく呪文に誘われるかのように、次第に黎太郎の意識も暗闇の中へ落ち込んでいった。
~*~
「…っは!」
しばらくして、黎太郎は上半身を勢いよく起こした。額には珠の汗が浮かび、Yシャツもぐしょぬれだ。その横でミエ子が団扇を持って、穏やかな風を黎太郎に送り続けていた。
「お疲れさん、大体奴さんの言いたい事はわかったよ」
「初めから婆ちゃんやってよ…」
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